第2話 5人のVtuber

 目を覚ますと、そこはV R空間だった。


 真っ白な電子の廊下。

 気がつくとオレは、そこに立っていた。

 ん?

 確かオレはさっき下校中で、親友と別れて家に帰ろうとしてて──


 そうだ!

 その後、何人かの大人に無理矢理ワゴン車に──


 でも、拉致されたオレが、どうしてメタバースにいるんだ?


 普通、拉致されたら身代金だとか、そういう流れだよな?

 まあ、オレの妹が竹刀手ボコだとは漏れてないハズ。

 だから、身代金目的の誘拐なんてあり得ないけど。


 でもV R空間なんて、ゴーグルを外せば抜け出せる。

 と、思ったのに……、

 現実の体を動かそうとしても、一切言うことを聞かない。

 精神がゲームと融合したみたいだ。


 確かに、最近のゲームはシンクロタイプが主流。

 けど、こんなことありえるのか……?

 メタバースを能動的に抜けられないなんて……!


 とにかく、情報を集めよう!

 この場を探索するんだ!


 真っ白な廊下──その突き当たり、

 オレは大きな扉を開いた。


 するとそこには、四人のプレイヤー──

 いや、違う。

 四人のVtuberが集まっていた。


「キミもここに集められたんスか?」

 オレに話しかけたのは一人の女性Vだった。


 金色のロングヘア。真っ白な肌。緑の眼。

 頭の髪飾りは、桜の花を模している。しかもドデカい。電脳空間だからこそ許されるバランスだ。


 服は水色を基調としたドレスで、そこにピンクのラインが入っている。

 正に、『ザ⭐︎アイドル』って感じの風貌だ。

 その正統な存在感は、まるで宗教における崇拝対象。


 この少女についていけば間違いない!

 彼女の笑みには、そう錯覚させるほどの安心感を覚えた。


 オレはこのVを知っている。

 いや、このVだけじゃない。

 目の前にいる四人のV──その誰もがVtuberランキングのトップ5!


 確か、この四人にオレの妹──竹刀手ボコを含めた五人を『五人衆』って呼ぶとか呼ばないとか!

 とにかく、今のネットを賑わせてる四人のVが、オレの目の前にいる!


 異様な光景に、オレが何も言えないでいると、

「ああ、申し遅れたっスね」

 目の前のザ⭐︎アイドルは手を差し出す、屈託の無い笑顔で。


「ウチは夢丘ゆめおかナエ! 後輩系Vtuberやらせてもらってます! ま、いつの間にかウチ、一番先輩になっちゃったんスけどね!」


 そうだ!

 夢丘ナエ!

 チャンネル登録者数5,000,000!

 S N Sフォロワー2,000,000!


 Vtuber黎明期からのライバーで、先輩Vの背中を追いかけてグイグイ頭角を表した熟練V!

 配信内容も、雑談からゲームに歌など多岐に渡る。


 現ランク1位のトップVじゃねェか!

 オレの妹も大概有名だが、その二倍以上の発言権を持つVだ!

 そんな人が、オレに手を!?


「よろしくお願いします!」

 オレはナエさんの手を取った、恐れ多くも。


「うん、よろしく! それで、えーっと、キミの名前は……」

「えっとオレは──」


 灰色のショートヘア。暗い肌。

 黒いズボン、黒いベストに白いシャツ。

 このモデルは底辺Vとしてのモノ。

 ガキの時の拙い技術で作ったボディ。

 低ポリゴンのモデルだ。


 うーん。

 ここで妹の名前を出しても、変にややこしくなるだけだよな。


「オレは炎神えんじんアンリです。マイナーゲームの実況やってる」


 ま、こういうのって笑顔が一番大事だし?

 有効的な気持ちで接すれば、きっとコミュニケーション取れるハズだよな!

 精一杯の笑顔を浮かべるオレ。


 だが、

 モデルの顔には、ぎこちない表情が湛えられるだけだった。


 低クオリティのツケが回ってきてるーッ!

「えっと?」

 表情のガビガビさに、困惑を浮かべる夢丘ナエ。


 うッ! なんてポリゴン数の差!

 モデルの鮮明さ故に強く感じる!

 オレに対する戸惑いの眼差し!


 いや、彼女ほどのトップVに気を遣わせるなんて畏れ多い。どうにか場を取り繕おう!

「あ、スイマセン! モデルのポリゴン数少なくて、表情が上手く反映されなくて……」


「あァ? どうしてこんな底辺が来てんだよ。俺たちと一緒によ」


 声の方に立つのは、白い改造学ランを身に纏った男V。

 学生帽の下からは、黒色のミドルヘアが覗いている。


 塵埃寺じんあいじシャルル──

 過激な実況や雑談で視聴者を盛り上げる、腕利きVだ!

 その分、炎上しがちだけど、とにかく辛辣なツッコミが上手いんだよな!


「俺たち有名Vが拉致られて、そん中に混じる底辺V──明らかに怪しいだろ」

 シャルルはそう言って、オレの胸ぐらを掴む。

 もう片側の手は握りしめられ、今にも顔を殴るような勢いだ。


 え、ガチ?

 オレは内心、驚きでいっぱいだ。

 いや、


 感激過ぎる!

 こんなポリゴン数100,000以上のVが?

 ポリゴン数五桁程度の、オレのモデルの胸ぐらを?

 もはや殴られ得だろ。


 こんなポリゴン差で殴られて、オレのモデルバラバラになったりしないかな?

 それだけが心配。


「コイツこそが、俺たちを拉致った犯人なんじゃねェのか?」

 苛立ちを隠そうともせず、オレを睨み付けるシャルル。

 すると、


「穏やかじゃないっスね」

 夢丘ナエは彼の手を掴んだ。

「今はみんな、協力する時っスよ。犯人探しは、情報が出揃ってからでも遅くないっス!」


 いつも通り優しい微笑みを浮かべるナエ。

 けど、その声は芯の通った強いものだった。


 まさか、あの夢丘ナエがオレを庇ってくれてる?

 ドームライブを何度も満員御礼にしてきた、あのトップVが?


 オタク仲間に自慢したら、羨ましがられるだろうな〜!

 いや、一周回って信じてもらえないか?


「チッ、シラけたぜ……」

 気怠げに吐き捨て、立ち去るシャルル。

 そして彼は、部屋の壁にもたれかかった。


「大丈夫っスか? アンリ先輩、気を悪くしてないっスか?」


 え?

 今、トップVがオレの名前を?

 テンション上がる〜!


「むしろ、気を良くしました!」

「気を良くっスか!? 殴られかけたのに!?」


 しまったぞ!

 焦って、要らないこと口走っちまったな。

「あ、いや、それは──」

 弁明しようと、オレが口を開いた時だった。


「ようこそ、トップVtuberのみなさん」

「全部配信させてもらってるんだぜ」


 頭上に出現する小さなキャラクターたち。

 こちらを見下ろしていたのは、2体のマスコットだ。解説動画でよく見かける、饅頭顔のキャラクター。

 そんな彼等が発したのは、


「これからみんなには、デスゲームをしてもらうのだ!」


 そんな宣告だった。

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