第21話 デッサン

 ファビオは梃子でも動かなかった。

 だから、こちらが折れてディアナが描かせてあげている。

 しかし、彼のデッサンは早い。しかも黒い石を使って書いている。チョークみたいなものか?その先祖みたいなものかもしれない。


 いや、万年美術の評定3の俺が言っても、いかほどの説得力があるかは分からん。美術室では定規とコンパスだけが俺の友人だった。


「晃君だけ数学の時間になってるんだよなあ。」


 これが美術の先生のぼやきだった。

 ちなみに、美術史とか技法の知識は満点取ってたからね。


 5分でおおまかな輪郭が出来上がり、次の5分で完成したように見える。まだ描くのか?と思っているところに、どんどんチョークが入っていく。

 陰影が入り、奥行きが生まれ、光が差し込んだ。


 わずか15分の奇跡だった。


「すごいな、少年。正直見くびってた。絵描きの家系なことはあるな。」


「ん?ああ、親父ってのは師匠のことね。実のお父さんじゃないよ。でもまあ、僕はね人を描くのは大得意なんだ。風景はちょっと苦手だけどね。」


 褒められてうれしいのか、上機嫌だ。


「どれどれ、お、上手く描けてんじゃん。」


 道と家との間に設けられたちょっとした柵に腰かけたディアナが花を持って微笑んでいる。奥の風車が農村の風情を醸し出していた。


「へへ、でもこれはお姉さんにプレゼント!お近づきの印さ!」


「えー、ありがとう!すごくない!めっちゃ似てる!」


 冷静に考えればけっこう贅沢なことだ。弟子とはいえ、プロの似顔絵をただでもらえるんだから。

 いや、自分の絵を描いてもらえること自体、俺の世界でも稀なことだろう。


「よし、じゃあ、街に戻るか。」


「うん。お姉さんも一緒なんでしょ。」


「ああ、もちろんだ。」


「いやったー。」


 ファビオ君素直なのはいいんだが何歳だ?12歳くらいと思ったが、もう少し幼いのか?


「でね、壁画を描くときはまずは下書きをするんだよ。それでね、おいらが何枚か任されたこともあるんだ。」


 道中、少年はずっと絵のことを話し続けていた。ディアナは知らないふりをして、うんうんと聞いている。


 夢中になれることがあるなんて、羨ましいものだ。

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