第9話 森の朝は遅い

 森の朝は遅い。朝日は緑に吸い込まれ、「夜」は大変長いのだから。


「ん?今何時だ?」


 時計が無い。あれ、ここどこだ?と辺りを見回す。テントだ。


 そうか。鏡に吸い込まれたんだったな。


 無意識に視界から外していたディアナを見ると、ぐっすりと眠っている。あのあと五回戦することになったんだった。

 何度気絶し、それ以上に何度も果てていた。あの貌の面影は今はない。すっきりとした顔だ。


「上手くいっていたら、俺がああなっていたのか・・・。」


 ちょっと背筋が凍る。魔力を注がれていたせいなのか、特有の気だるさがない。


 朝飯でも作るか、と思い立ち、寝所を出る。

 ああ、ここは彼女のテントだったのか。恐る恐る俺のテントを見に行くと、それは予想どおりの惨状だった。


「掃除しなきゃな。」


 憂鬱だがやるしかないだろう。あ、服着てなかったわ。


「おはよう。服がそっちにあるのだけど、取ってくれないか?」


 彼女が目覚めたようだ。シーツを裸身に巻いてこそいるが、『ヴィーナスの誕生』に立ち会った気分だ。

 昨晩のことが思い出されるのだろう。顔は真っ赤に染まっていた。


「・・・。」「・・・。」

 沈黙が支配していた。雰囲気は悪くはない。ただ、気恥しいのだ。朝食の準備はディアナがしてくれた。

「ぉ、美味しいね。」「あ、ああ、あり、がとう。」


 実際、味は悪くない。きのこ、山菜になるのか、森の恵みのスープは活力を与えてくれる。朝は軽くてもいいが、温かいものが食べたくなる。

 岩塩を持ち歩いて、砕いて味付けをするのはびっくりしたけれども、ミネラルが違うのか、独特のうま味だ。

 それだけに気まずさだけが違和感を放っていた。

 

「この後はどうするんだ?」こういう時は事務的会話がいいだろう。


「あ、ああ。まだ、帰れない。リベンジしないといけないんだ。」


 これが地雷になるだなんて、想像力が足りなかったなあ。思わずむせてしまう。


「す、すまない。私がもっとしっかりしていれば違ったはずなんだが。」


 沈黙が得意ではないのは向こうも同じみたいだ。


「冷静に考えれば、今のあなたの魔力量を考えれば、上手くいくはずないんだ。まだ開削されてないのに、それほどの魔力があるんだから。」


 真面目な不真面目はまだ必要らしい。昼から再開するしかないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る