第4話 追憶②

 凸凹、山あり谷あり、か。やっぱりそんな人生は俺には向かないな。


 気を取り直してスーツに着替える。真っ白なワイシャツに袖を通すと、俺は俺ではなくなる。仕事用の顔になる。

 ネクタイの締めるために、俺は再度鏡に近づいた。


 結び方はウィンザーノット。タイは濃い藍色の無地だ。スーツと同じ色。親父は堅い人間なせいか、真っ黒なスーツは失礼じゃないか?と言っていた。

 いつからイギリスの上流階級になったつもりなんだろうか、と思うが、伝統のなせる業か、それともいつも同じテイストだからか、よく客に顔は覚えてもらえた。

 勿論、スーツは吊るしの既製品だ。オーダーメイドは高いからね。


 うん、ばっちりだ。出社しようかと思ったときに、鏡の一部が黒くなっていることに気付いた。

 気づかないもんだなと思いつつ、触ってみた。ティッシュで拭き取れるか試すつもりだったんだ。


「そこで鏡に手が触れた時には、俺は祠というか、洞窟というか、そんなところに居たんだ。」


 雨はまだやみそうになかった。ディアナとの交流を温めるべく、自己開示中と言うわけだ。仲良くなるのは得意だ。これでも営業職だからな。


「そう、だったのか。それで、どうやってここに?」


 彼女は興味深そうに話を聞いてくれた。炎の魔法があるような世界だ。不思議の鏡があるといっても、否定はしないだろうと思った。


「ああ、その祠は、明るかったんだ。だから、道には迷いそうになかったし、幸い風が通っていたから、そのまま風上に歩いていけば外に出られると思ってね。」


 その祠は、明らかに祠だった。ところどころ崩れ、祭壇の上にあったであろうご神体っぽい鏡が割れて散乱していたことを除けば。

 銅鐸のような色味の石が一面に敷き詰められ、苔を除けば平坦になっていた。

 自然は曲線を好むから、直線的であることは人為の痕跡だ。崩れかけてはいるが、道ができていた。

 しかも、通風孔は所々見られたし、鏡の反射を利用して太陽光をうまいこと中に届けていたのだろう。薄暗さは少しも感じなかった。


 どこか懐かしい気配がした。

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