第3話 追憶①

 髭を剃る。そんなに濃い方ではないから朝剃れば、一日それで事が済むのは幸運な体質なのだろう。

 鏡に映る顔は相変わらずパっとしない。不満はない。

 もう務めて5年になる営業の仕事は、不向きではなかった。営業成績でいえば3位を下回ったことはなかった。


 一方で1位を取ったこともなかった。この間赴任してきた課長以外はコンスタントに数字を取れるならいいじゃないかという態度だったので、別に問題にはしていなかったが、今の課長は少し俺に不満らしい。


「橘君も1位を目指すガッツさえあれば行けると思うんだけどなぁ。」


 そうぼやいている。相性が悪いわけではないし、まして人が悪いわけでもない。むしろ人格者で、苦労している方だ。

 どうも平坦な成績を伸びしろと捉えたようだ。営業がこんなこと言ってはいけないが、見込み客は必然限られる。その地域の人口以上に売れようはずがないのだから。

 そこをねじ込むのが俺たちの手腕なわけだが、この論理は現場が使うにせよ、経営者が使うにせよ、危険だな。


 しかし、思えば、ここ暫く熱狂を味わったことはない。やれることだけを淡々とやってきた。できないかもしれないことに挑戦したことはない。たいていのことはできるようになってしまったのだから。

 最後に味わったのはいつだろう。熱狂の味は遠い昔の記憶に置いてきてしまった。


 朝飯のスクランブルエッグを食べる。バターは切るのが面倒だから、オリーブオイルで済ませる。塩を一つまみとバジルの瓶を2振り。コツはオリーブオイルを多めにすること。フライパンにくっつかないし、ふんわり仕上がる。


「熱、」


 卵は半熟が好きだ。余熱で火が通りすぎないように、急いで食べる。それはいつものことだが、今日はなぜだか油断してしまった。

 余計なことを考えていたからだろう。

 しかし、つい考えてしまう。俺はこのままでいいのだろうか?


 「恥の多い人生を送ってきました。」などと言う人間の方が、歴史に名を残す。

 そいつの人生はきっと凹凸だらけで、波乱に満ちたものに違いないし、傍から見ている分には面白いのだろう。

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