第17話 三等星

 公爵の怒声に、意識を失っていたはずのニアちゃんがぴくりと動いた。

 まぶたが開く。

 嘘だろ、まさか――


「あ、あれ……? タツヤさん?」

「!? 無事なのか!」


 思わず抱きしめれば、腕の中で小さな体がわたわたと動いた。


『馬鹿な! 聞こえていないのか!? 認証コード:■■■■■■■■! おい! 認証コード:■■■■■■■■だ!』


 なおもモニター上で怒鳴る公爵に、ツバメが冷たい視線を向ける。


「馬鹿なのはあなたです。ニア嬢がどこにいると思っているのですか」

『き、貴様ァ……!』

「制御装置が目の前にあるならばともかく、当機内部にいるニア嬢に通信で干渉できると思わないでください。あなたの認証コードは全て弾かせていただきます』


 何かを告げようとした公爵だが、それは紡がれることはなかった。

 再びの発砲音にかき消されたのだ。

 大きく吐血した公爵を退かして現れたのはニアのじいさんだ。口元から血を流したじいさんは、再び作業を始める。


『……すまんかったの。馬鹿弟子は始末した』

「おじい様!」

『ニア、気が付いたのか! ……無事で良かった』


 俺と喋っていた時とは全く違う、優しげな口調だった。

 怪我など気付いていないかのような、穏やかな笑み。


「おじい様! 血が——!」

『色々黙っていて済まなかったのう』

「いえ、いいえ! おじい様はニアをたくさん可愛がってくださいました!』

『可愛い孫娘を可愛がるのは当たり前じゃ』

「おじい様……会いたいです……頭をなでなでしてほしいです」

『そうじゃな。ワシもできればそうしたい』

「……おじい様」

『すまんな。ワシはここで死ぬ』

「おじい様!」


 最初から自爆する気だったじいさんだが、公爵に撃たれたのが致命的だったらしい。臓器が傷つき、血が止まらなくなっているそうだ。


『この戦艦ごと恒星に突っ込んで全て蒸発させる。それでお別れじゃ」

「おじい様! 待って、お願い!」

『ああ、待ってる。ニアもいつか、全てを終えた時にたどり着く場所でな』

「違うの! 私を独りにしないで!」

『独りになんてせん。いつでも見守っておる』

「おじい様、待って……お願いだから待って……!」

『いつか、ニアにも好きな人ができるじゃろう』


 ぼろぼろと涙を零しながらモニターにすがりつくニアちゃん。

 対してじいさんは満足そうに笑っていた。


『彼氏を連れてきた時、ソイツを思い切りぶん殴ってやるのが夢じゃったんじゃがの』

「おじい様……」

『すまん、若造。ちょっとニアと二人きりにしてくれんかの?』


 じいさんに頼まれると同時、ずん、と再びの揺れが俺たちを襲った。

 今度は何か、と視線をメインモニターに向ける。

 そこにいたのは赤いカラーリングの小型戦艦だ。

 どことなく生物を思わせるような、有機的な曲線の多いデザイン。


「敵艦! です!」


 ツバメが鋭い報告をあげた。

 同時、通信回線が無理やり開かれる。


『初めまして、だな。どういう状況か分からないけど、公爵ご自慢の無人機が潰されてるってことは、古代戦艦を前に無様な醜態でも晒したのかね?』

「誰だお前は」


 モニターに映っているのは、どこか軽薄そうな笑みを浮かべた若い男だった。

 

『私は”六芒ノ巣ヘキサグラム・ネスト”の三等星を務めるイングリッドと言う』

「また”六芒ノ巣ヘキサグラム・ネスト”か……なんだっつーんだよ」

『おや。知らないとは失礼したね。それではこう言えばいいかな。君の目の前にいる古代戦艦――強襲殲滅戦艦”ヘッジホッグ”のマスターだ』

「で、何の用だ? すでに公爵は倒したし、要塞ももうすぐ爆発する」


 ハッタリだ。

 だが、今はニアちゃんとじいさんとの会話を一秒でも邪魔したくなかった。


『それは困った。公爵にはいくつか、貸し出したままの遺物があるんだ。碌に研究レポートも送ってくれないし』

「残念だったな。次は人間ともコミュニケーション取れる奴を雇え」

『御忠告痛み入る――とりあえず、君が乗っているを回収することで損失補填をしようと思うんだが』

「思うだけなら許してやる。失せろ」


 俺の言葉にイングリッドは声を出して笑った。


『威勢がいいな。この私にそんな口を利く人間など、ここ100年はいなかったぞ』


 100年という言葉に眉をひそめる。

 イングリッドの見た目はいいとこ俺と同年代。長命種族にも見えないし、どれほど若作りだったとしても30半ばが良いところだろう。

 ツバメが、相手に見えないよう文字で注釈を入れてくれた。


『おそらくは先史文明の医療ポッドで肉体年齢をいじっているものかと』


 なるほどね。つくづく出鱈目な技術だ。

 ガワだけ若者のジジイがいるとは思わないだろ普通。


「で? やるのか?」

『良いね! やろうじゃないか……楽しみだよ。同レベルの古代戦艦と戦うのは初めてだ』

「最初で最後の経験が敗北なんて、不憫だな」


 言いながら、操縦桿を握りしめる。

 言葉による時間稼ぎも限界だろう。


 ――戦闘開始だ。

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