第16話 六芒ノ巣

 俺の腕の中で、ニアちゃんが力なくうなだれている。

 否。

 ニアちゃんだった自動人形だ。

 きっともう、ニアちゃんとしての人格は残っていない。


 暖かさの残る、人としか思えない身体。

 だがそれは、先史文明の作り出した自動人形だった。


 ——ああ、だった。


 この世界は俺が生まれた時からだったよ。

 強い奴が好き勝手振舞って。

 傲慢に何でもぶち壊して。

 弱者は搾取され、踏みにじられるだけだった。


「公爵っ、貴様! 許さんぞ! ワシのニアを!」

「はっ! ワタシのともあろう人が耄碌もうろくしましたねぇ……"六芒ノ巣ヘキサグラム・ネスト"の研究員として辣腕らつわんを振るっていたとは思えません」

「うるさい! ニアは糞の吹き溜まりにいたワシに人間を教えてくれた! ワシを人間にしてくれた! それを、それをぉぉぉぉッ!」


 俺には誰かを救う力なんてなかった。

 スワローテイル号を手に入れ、ツバメにマスターとかしずかれて調子に乗っていた。

 でも、たった一人の女の子も守れない弱者だ。


「ツバメ」


 かっこ悪い。

 惨めだ。

 20年のシミュレーションを乗り越え、身体も最適化してもらった。

 でも、俺は弱い。


「助けてくれ」


 俺の呟きに、ツバメが応じる。

 


「マスターは命じれば良いのです。それを実行するのが当機の役目ですので」


 ニアちゃんがここまで持ってきた自動人形が立ち上がり、裸のまま優雅に一礼した。


「……ツバメか?」

「はい。そこの愚か者が個体識別もせずにファイアウォールを解除してくれましたので、ハッキングしました。現在はこの個体がツバメです」

「命令だ」

 

 無理だってわかってる。

 できないってわかってる。

 でも、願わずにいられなかった。


「ニアちゃんを助けてやってくれ……!」


 すがるような懇願に、ツバメは力強く頷いた。



 自動人形ツバメが鉄格子に取りつき、お祖父さんを自由にした。

 同時、何事かを告げようとしていた公爵の立体映像へと向き直る。


試作機プロトタイプは動かんものと思っていたが……! 花嫁が二人というのも乙な——』

「黙りなさい下衆が。マスターを不快にするそのは不要です」


 ツバメは素手で床を引っぺがす。金属を無理やり引きちぎる膂力りょりょく。自動人形の身体でも限界を超えた負荷が掛かっているのか、ツバメの肩から嫌な音がして妙な形になった。

 おそらくは脱臼。だが、ツバメは一切気にせず床下に伸びる配線を握りしめる。

 何かしらの干渉をしたらしく、立体映像から音が消えた。


「マスターが嫌うこの城砦戦艦も存在を許しません」


 同時、艦内に警告音が響き渡った。


「ツバメ!?」

「この艦のメインシステムを破壊しました。これでまともな動きは取れないでしょう」


 配線を投げ捨てた。

 そして最後に向き合うのは——


「マスターが悲しむニア嬢の喪失――なかったことにしましょう」


 もの言わぬニアちゃんに口づけた。

 ツバメの瞳は何かの通信をしているかの如く、左右に光が奔る。


「ぷはっ……ファイアウォールの消失とともに、万が一に備えてニア嬢の全てをこちらで保護コピーしておきました。今、全て戻しましたのでじきにお目覚めになるかと」


 助かる……のか?

 ニアちゃんが?


「マスターが喜んでくださるのであれば、どんなことでも致しましょう。それが当機の存在意義ですので」

「ありがとう……!」


 ニアちゃんを背負う。

 お祖父さんを救出すればこんな場所は用無しだ。

 スワローテイル号の主砲で宇宙の藻屑にしてやる。


 そう考えたんだが。


 お祖父さんは俺の手を払った。


「誰かは知らぬが、助けてくれたことは礼を言う。それから、ニアのために心を痛めてくれたことにも」

「何を——」

「ワシはニアの祖父ではない。自動人形の研究をしていただけの非合法イリーガルな研究者じゃ」

「時間がないんだ! 細かいことは良いからさっさと脱出するぞ!」

「ワシは行けん。公爵の持っていたニアの干渉装置をどうにかせねばならんからな」

「待て、ニアちゃんはアンタを助けたくて——」


 俺の言葉も聞かずに、お祖父さんは俺にタックルをかます。

 次いで、すぐ近くにあった非常レバーを下げた。

 気密防護用の隔壁が作動し、お祖父さんと俺たちとを隔てていく。


「愛していると、伝えてくれ」

「ふざけんな! 自分で言えよ!」

「孫を任せる……なんて交際を認めるようなこと、死ぬまで言うつもりはなかったんじゃがなぁ」


 ぼやくように告げたお祖父さんは、苦笑を残して隔壁の向こう側に消えた。

 隕石や不意の攻撃で気密が破れた時に作動する防壁は、下手すれば戦艦のレーザーですら耐えうる代物だ。


「クソ、ツバメ! 防壁を解除――」

「無駄じゃ! こじ開けようとするならば自爆するぞ!」

「……本気のようです」


 隔壁越しにやり取りをするためのモニターに食って掛かる。


「おいコラじじい! 四の五の言わずにさっさと開けろ! ニアちゃん泣かすなよ!」

『泣き止ませる役目はお前に譲ってやる……ワシはこの船を完全に消滅させねばならん』

「ふざけんな! そんなの俺がやるから——」

『さっさとニアを連れて出ていけ! おい、自動人形、お主の主人を巻き込んで自爆しても良いのか!?』

「……マスター、退去を。老人は本気で自爆するつもりです」

「クソっ!」


 通信端末を張り付けて駆け出す。

 ニアちゃんが起きるまで説得を続ける。それでだめならニアちゃんに叱られてしまえ。


「ニアちゃんにぶん殴られる準備しとけよ。泣かれて怒られる準備もだ……!」

『ククク……そりゃ怖いのう。――”六芒ノヘキサグラム・ネスト”という組織がある』


 俺の言葉に苦笑したじいさんは、何かしらの作業をしながらも俺に語り掛ける。


『先史文明の末裔を名乗る連中でな。ワシはそいつらに雇われておった』


 そいつらの目的は三つ。

 一つは、正当後継者として古代兵器の収集。

 二つ目は、宇宙全土に我が物顔でのさばる現行人類の駆逐くちく

 そして最後に、


『宇宙を統べていた古代帝国の復権、だそうじゃ。公爵は技術屋としての腕前と、悪事を揉み消せるだけの権力を買われて雇われた。ワシはその教育係じゃった』


 この艦内には、俺が見た生体パーツの研究以外にも違法なものが満載されているらしい。


『公爵はじゃったから”六芒ノヘキサグラム・ネスト”にも研究成果の一部を秘匿しておってな。奴らの手に渡れば、きっと宇宙は荒れる。ニアが住む宇宙が』


 さらに厄介なのは、ニアちゃんという存在そのものだ。


『奴らは人へと成長する自動人形だと思っておるようじゃがの……ニアは成長し切れば、あらゆる検査で古代文明の末裔――正統後継者と判断されるじゃろう』

「っ!」

『先史文明時代のAIが生き残っていれば、全てがニアにかしずき、ニアを女王にえるじゃろう。そのニアを操れる制御装置だけは何があっても確実に潰さねばならん。クソみたいな宇宙なんぞどうでも良いが、ニアが安心して笑っておれる未来のためにな』


 ドックにたどり着けば、そこにはすでにスワローテイル号が鎮座していた。


「お帰りなさいませ」

「ああ……ただいま」


 中に入り、いつでも発信できるようにしてじいさんの説得を続ける。

 そのつもりだったが、突如として要塞が揺れた。


『クソどもが!! ワタシの城を好き勝手荒らし回って……もう許さんぞ!』

『無駄じゃ。お主に工学を教えたのは誰だと思うておる』

『ワタシを見下すな! ほら、さっさとニアに戻ってくるように命じるんだ!』

『お主も、お主の研究データも、全てをほうむらせてもらう。ワシの命と引き換えにの』

『ゴミカスの命が何の引き換えになるって言うんだ! もう良い、退けッ!』


 発砲音が響いた。


「おい、じじい! 無事か!?」


 俺の呼びかけに応えたのはしかし、公爵だった。


『爺ならもうじき死ぬ――! 認証コード:■■■■■■■■』

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