第15話 自動人形

 使い捨ての電磁グレネードを床に滑らせる。

 ぱしゅ、と気の抜ける音がしてAIの思考や情報通信を阻害するための力場が発生した。


 同時に飛び込んでレーザー銃を二射。


 力場によって映像・音声ともにデータ取得ができなくなったアンドロイドは、俺を認識するまでもなく頭部を貫かれて機能停止した。


 念のために胸部も破壊し、何があっても動かないようにする。


「うおっ!?」


 動力部を撃ち抜いたせいか、アンドロイド二体が炎を吐いて大爆発した。

 慌てて角に身をひそめる。

 強烈な熱が俺の頬を舐めるが、一分もしない内にアンドロイドは燃え尽きてなくなった。

 目視で確認すると、壁や床、天井はところどころ破損して焦げていた。


 ちなみに目標のドアロックは無傷。

 この頑丈さは、中に大切なものを隠してますよと言わんばかりである。


「ニアちゃん、もう良いよ」

「は、はいっ……!」


 緊張した顔のニアちゃんが顔を出す。


「い、一瞬ですか……!」

「装備も整ってるからこのくらいはね」


 20年間のシミュレーションでは旧型の実弾銃だけで突撃させられたり、ナイフ一本で相手の包囲を突破したりもしたのだ。


 何度死亡してやり直したことか……それに比べたらこの程度は戦いにすら入らない。


 ツバメ謹製のドアロック開錠装置を差し込んで数分。

 パシュ、とガス圧が抜けるのと同時ドアが開いた。


「うっ……!? ニアちゃん、見るな!」


 慌てて視界を遮る。

 部屋の中には、所狭しと円形の水槽が並べられていた。

 淡く光る溶液に、が浮いている。

 腕や臓器、眼球や下顎がぷかぷかと浮かぶ姿は出来の悪い悪夢のようだった。


「これは……生体部品……?」


 よくよく見れば、全てのパーツから機械部品が覗いていた。

 おそらくは純粋な人間のものではなく、アンドロイド用の生体パーツなのだろう。


「……どう考えても違法だな」


 AIの限界点を超えた品々だ。


 まぁ先史文明の自動人形やらセッッッができる生体パーツを欲しがる奴だし、今更だな。


 ニアちゃんの視界を塞いで抱えながら、通信端末でそれらを撮影していく。

 公爵と徹底的に揉めている以上、相手の失点はいくらあってもいい。

 自動でツバメに送信する設定になっているので、必要な時に向けて保存しておいてくれるだろう。


 そこを抜けた先に、囚人用の監獄とも、実験動物用の檻ともつかないものがあった。鉄格子しか存在しないそこは、ベッドとトイレ代わりの壺が置かれたのみ。

 文明とは無縁。

 人を収容するにはあまりにもみすぼらしい場所だった。


 ベッドには手足を電子錠で縛られた老人が転がされている。

 顔や首、手足などが青紫にはれ上がっており、パッと見て分かるくらい暴行をされていた。


「おじい様!」


 ニアちゃんが駆け寄る。

 ベッド上の老人はびくりと体を震わせ、それからよろよろと身体を持ち上げる。


「に、ニア……!? どうしてここに!?」

「話はあとです! すぐに逃げましょう!」


 鉄格子にすがりつくニアちゃんを引きはがすと、レーザー銃を構える。

 格子を焼き切ろうとレーザーを放つが、格子に一切の変化が見られなかった。

 赤熱するどころかレーザー光はそのまま吸収されてしまう。


「これは……」


 俺の言葉に応じたかのように、床から立体映像が立ち上がった。

 ジジッ、とノイズを走らせながら現れたのは、天パの痩身男。

 ナーロウ公爵だ。


『ごきげんようコソ泥くん。その格子も先史文明の技術を応用したものでね……レーザーを振り回すだけの猿には開けられないようになってるんだ』


 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた公爵は、粘りつくような視線を棺桶を持ったニアちゃんに向ける。


『とはいえ、ワタシの花嫁を連れてきてくれたことは賞賛に値する。どうする? 土下座するならば楽に殺してやるぞ?』


 ……やるか。


「ニアちゃん、ごめん」

「えっ……あっ」


 ニアちゃんから棺桶を受け取ると、蓋を開く。

 眠るように納められていた自動人形の顔が露わになった。

 その眉間に銃口を突き付ける。


「お前の大事な花嫁に穴開けられたくなかったら、鉄格子のロックを解除しろ」


 脅し文句を口走りながらニアちゃんに視線を向ける。

 口を引き結んでいたが、ニアちゃんは力強く頷いてくれた。


「その代わり、解除して俺たちのことを諦めるならこの自動人形はお前にくれてやる」


 お祖父さんは嫌がるかもしれないが、ニアちゃんは自動人形よりもお祖父さんの命を優先した。

 眠っているだけの少女にも見える自動人形を変態の手に渡すのは気が引けるが、二人のためなら本当に渡すつもりだった。


 仮に嘘をついて後で追いかけてくるならスワローテイルで粉砕する。

 お祖父さんの身柄を確保してこの場を脱出できれば、後はどうにでもなると考えたのだ。


 そう思っての行動だったが。


「ち、違う……違う」


 他ならぬお祖父さんが顔を真っ青にして、首を振っていた。

 何かを懇願こんがんするかのように公爵の立体映像に手を伸ばす。


「ああ……やめてくれ……! 頼む……!」

「はははっ。なるほどなるほど、コソ泥くんたちはしている訳だ」

「どういう意味だ?」

「言うな、やめてくれっ!」


 お祖父さんの絶叫を無視して、公爵がニアちゃんを見据えた。


「ワタシが求める自動人形はなよめは君のことだよ、ニア」

「えっ……?」

「ニア・イコール・エグジステンス……先史文明の作ったよ!」


 言われていることが理解できずに困惑するニアちゃんだが、公爵は止まらなかった。

 公爵が手に握った機械を操作し始める。

 やめろ、と叫んだお祖父さんが手を伸ばすが、立体映像が乱れるだけで触れはしなかった。


「認証コード:■■■■■■■■」


 同時、ニアちゃんからストンと表情が消え落ちた。

 まるで無表情。


「声紋認証、クリア。虹彩認証、クリア。認証コードを受任しました。人格OSを停止します。なお、この処理に伴いファイアウォールが停止いたします」

人間クソの手垢がついた人格なんぞ要らん。既存の人格を完全に。その後は肉体をさせ、それから人格の再構築だ」

「やめろ! やめてくれ! ニア! 逃げろ!」

「まっさらな君を花嫁として迎えよう」


 ニアちゃんが白目を向き、身体を大きくのけ反らせた。


「人格の消去を実行。し、ます……」

「ニアちゃん!」

「ニア!」


 俺とお祖父さんの呼びかけに応じたのか、のけ反ったニアちゃんが声にならぬ絶叫をあげる。

 ガクガクと震えているのは人格消去がそれだけ強烈な措置だからか、それともニアちゃんが必死に抗っているからか。

 目尻から流れ始めた血涙が、ニアちゃんの気持ちを表しているようだった。

 慌ててニアちゃんを抱き留めるが、俺の胸の中で無情な宣言がなされた。


「人格の消去、完了しました」


 そのまま、もの言わぬ人形のようにくたりと力が抜けた。




※ハッピーエンドになります。

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