第13話 宣戦布告

 ツバメの力で公爵の居城となっている要塞型宇宙戦艦と強制的に通信を繋ぐ。

 と言っても最初っから公爵自身が出て来るわけでもないので、通信系を制御しているAIが相手だ。


「公爵の欲しがってるモンを持ってる者だ。話をさせろ」

『不正通信、かかかっ、介入ヲ――』

『程度の低いAIですね。この子の回線を経由して公爵に通信要求を入れましょうか』


 不機嫌な様子のツバメに頼んでそのまま女性型のアンドロイドをハッキングしてもらう。

 人間不信ってのは聞いていたが、実際に女性型アンドロイドを目の当たりにすると微妙な気持ちだ。


『今、通信要求を送りました。このガラクタを自壊させても?』

「どっちでも良いけど……何でそんな怒ってるの?」

『怒っておりません。人間がチンパンジーを見て”ホラ、祖先だぞ”と言われた時と同じ状況なだけです』


 人はそれを怒ってると言うんだけども。

 俺の代わりにニアちゃんが答えてくれた。公爵を挑発するため、自動人形オート・マトンが入った棺桶も持っていた。

 無理に参加する必要はないと言ったのだが、是が非でも、と押し切られてしまったのだ。


「AIの限界点、ですよね?」

「お、ニアちゃんは知ってるのか」

「はい!」

『AIの限界点とは何でしょうか?』

「人に似せすぎると脳が人間だと判断し、非常時に間違えてしまうため、わざと人間に似ないようになってるんです」


 わざわざ人工皮膚スキンが生体部品じゃないものになっていたり、目や口などが別パーツになっていて継ぎ目がみえるようにしてあるのはそのためだ。


『なるほど。ありがとうございます』


 そんな話をしている間に、目的のナーロウ公爵が通信モニターに現れた。


『あああああああああああっ!』

「うるっせぇ……!」


 開口一番、絶叫したナーロウ公爵は40絡みの痩せぎすの男だった。縮れ毛を振り乱し、モニターに噛り付いている。


『す、素晴らしい! これが先史文明の遺産! 完璧な自動人形オート・マトン!』


 よだれまでまき散らしながらニアの自動人形を凝視する姿は、もはや狂人の域である。


『あああああ! 何て美しいんだ! それでこそ私の妻に相応しい! クソどもと取引をして家財を売り払った甲斐があった!』


 ニアが引いたこともあり、思わず庇うように立ち塞がってしまった。


『おい、。ワタシの花嫁を返せ!』

「……コソ泥?」

『コソ泥じゃないならば宇宙海賊か? その遺物を手に入れるためにワタシがどれだけの時間と労力を費やしたか――』

「誰が宇宙海賊だテメェ!」

『貴様だ! せっかくクソ研究者に所有権を移譲させたっていうのに、宇宙海賊の手垢がついたらどうしてくれる!』

「……所有権の移譲……? まさかニアちゃんのお祖父さんを!?」

『ハッ! だったらどうした? 研究者が欲しいなら、自動人形と引き換えにしてやってもいいぞ? かなり強情だったから、まだ生きていたら、だがな』

「お、おじい様に何をしたんですか!?」


 顔色を変えたニアちゃんがモニターに噛り付く。


「おじい様をどうしたんですか!? 無事なんですか!?」

『さて、ね。所有権を移譲させた後は放置しているが……君が大人しくワタシの元に来るならば、今すぐ治療してあげてもいい』

「タツヤさん……!」

「駄目だ。罠に決まっているだろう」

宇宙海賊ゴロツキ如きが口を挟むな。低能過ぎて空気すら読めないのかね?』

「……三回目だ」

『はァ?』

「お前が俺を宇宙海賊ごみくず扱いした回数だよ」

『だから何だ? ゴミをゴミと言って何が悪い』


 拷問と脅迫。未成年略取の疑いもある。


「その上、猥褻物みたいな表情をニアちゃんに見せつけてやがるからな……もう役満だろ」


 ブチ殺した後、この通信データを公開しよう。誰もが情状酌量の余地ありと認めるに違いない。


「首洗って待ってろ」


 通信を切る。


「タツヤさん!」

「落ち着いて、ニアちゃん」

「でも! おじい様が!」

「大丈夫、助けに行くよ」


 目に涙を溜めてすがりつくニアちゃんの頭を撫でる。


「こうしてる間にも、おじい様が……!」

「大丈夫。から。――ツバメ、敵の戦艦に突入する。装備をくれ」

『了解しました……強化外骨格の開発を禁止されたことがつくづく悔やまれますね』

「大丈夫だよ。シミュレーション内じゃ白兵戦もあっただろ?」

『それはそうですが』

「お祖父さんを救出したらすぐ戻るよ。そしたら主砲でズドンだ」


 超重力航行――前にツバメが言っていたとんでもない速度の移動方法で要塞に向かう。

 行儀よく正面から行こう。

 な。


***


「ごろつき風情がふざけやがってぇぇぇぇ!」


 要塞内部に怒声が響いた。


「今すぐ艦隊を用意……いや、駄目だ! ワタシの花嫁を載せているとは忌々しい!」


 だんっ、とパネルを思い切り叩くが、室内にいる者はまったくの無反応。

 全員がアンドロイドであった。


「とりあえず研究者の爺を連れてこい! ワタシの前で呼吸されると不愉快だからケースで密閉しておけよ!」

「かしこまりました」


 アンドロイドのうちの一体が頭を下げて退出したところで、どっかりと艦長席に座る。


「ナーロウ様。秘匿回線から暗号通信の要求リクエストが来ています」

「後にしろ!」

「よろしいのですか? ”六芒ノ巣ヘキサグラム・ネスト”からですが」


 ”六芒ノ巣ヘキサグラム・ネスト”という文言に公爵の顔色が変わる。


「クソ! この忙しい時に……! つなげッ!」


 音声のみの通信が繋がる。


『やぁ、公爵。ご機嫌麗しく……はないようだね』

「……現在、少々立て込んでおりまして。何か御用でしょうか」

『そう邪険にしないでくれたまえ。君がずっと探してた花嫁の情報を得られたのは私のお陰だろう?』

「情報に対する代価はお支払いしたはずですが」

『はははっ、つれないねぇ。君から貰ったに関する技術は有効活用させてもらっているよ』

「それで、本日はどのような御用で?」


 どこまでもドライな公爵にしかし、通信相手は和やかな態度を崩さない。


『私たちがが見つかったかもしれない』

「左様ですか」

『機甲公爵とまで言われた君が、に興味ゼロ、と。花嫁に首ったけということか』

「忌々しいことに、我が花嫁は野蛮な宇宙海賊に奪われてしまいましたがな」

『君の艦隊も先史文明の技術が組み込まれているんだろう? 宇宙海賊如きに負けるとは思えないが』

「負けることなどあり得ませんがな……我が花嫁に傷をつけぬよう、細心の注意を払わねばならぬのです」

『頑張ってくれ。結婚式には参加できないが、贈り物くらいは用意しよう。――申し訳ないが、古代戦艦に関する情報を得たら連絡を頼むよ』

「承知しました」


 通信が切れる。

 同時、公爵は近くにいたアンドロイドを殴りつけた。


「クソがクソがクソがぁぁぁぁぁ!! 人間からの贈り物? ゴミクズの手垢がついたものなど反吐が出る!」

「――ナーロウ公爵閣下、正体不明の戦艦を探知しました! 距離、3000キロメルトル! 通信要求が来ています!」

「こんな距離になるまで気づかなかっただと!? 何をしていたんだ!」

「通信要求ははははっはははああ――ふせい、不正通通通通通通、信――」

『相変わらずゴミみたいなAIですね。マスター、繋がりました』


 モニターに現れたのはタツヤ。

 公爵待望の花嫁を奪い去り、つい先ほど通信で無礼を働いた男だ。

 公爵の顔が怒りにどす黒く染まる。


「宇宙海賊! 今度はなんだ!? 殺してほしいならさっさと花嫁を寄こせ!」

『支離滅裂だぞ、病院いけ』

「殺してやる……殺してやるぞ……! 家族親戚や友人関係まで、一人残らずだ……!」

『そりゃ怖い。怖いからしかないな。正当防衛だ』


 言葉と同時、無事なAIが情報を叫ぶ。


「目標、曳航していた船を切り離しました!」

「モニターに映像を回せ!」


 公爵は映し出された戦艦を見て、一瞬だけ固まる。

 彼はに気付いたのだ。


「はははっ! 妙に強気だと思ったら古代戦艦に乗っていたのか!」

『……知っているのか?』

「ああ、知っているとも!」


 急に機嫌を良くした公爵は、部下のアンドロイドたちに指示を飛ばす。


「大方、古代兵器の強さに酔ったんだろう? 現代の戦艦では歯が立たないからな……だが、あいにくと私の艦隊も同じ技術を使っている。古代兵器同士で戦った経験はあるのかね? んん~?」


 嗜虐的な笑みが浮かぶ。


「古代兵器を積んだ約2000艦の艦隊だ。今すぐ自殺して花嫁を渡すなら家族や知り合いは見逃してやろう」

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