第12話 異変と不変
「というわけで、こっちからチョッカイかけてみようかと思う」
提案すると、ニアちゃんは表情を硬くした。
ツバメは俺の言うことを否定したりしないので、ニアちゃん以外に相談相手がいないのだ。
わざわざこちらからアプローチする目的は2つ。
「1つは、動揺を誘ってボロを出させること。証拠となる動画や音声、データが取れれば最高だ」
権力者相手なら揉み消される可能性が高い。
だが、それは権力者が生きているうちだけだ。
最悪の場合、相手をぶっ飛ばしてからデータを提出すれば良い。
相手は体制側の癖して宇宙海賊とも繋がって不法をも働いていた連中だ。
罪悪感なんぞ——
「タツヤさん?」
「……っ! ごめん、ちょっと考え込んでた」
「い、いえ。大丈夫です」
俺は今、何を考えていた?
罪悪感がないなんて……相手は宇宙海賊じゃないんだぞ?
『マスター。心拍と血圧の上昇を確認しました。何かございましたか?』
「……何でもない。ちなみに二つ目の理由は、君のお祖父さんが安全に移動できるよう、
「囮、ですか」
「公爵が適当な罪をでっちあげてお祖父さんを指名手配したり、船を拿捕する可能性があるからね。敵を引きつければそれだけお祖父さんは安全になるはずだ」
一息に説明すると、大きく深呼吸を一つ。
「ごめん。少しだけ休む。ニアちゃんは、公爵にチョッカイかけるかどうかを考えてみてほしい。最終判断は俺がするから、ニアちゃんなりの考えを聞きたい」
「はい!」
個室に向かうとロックを掛ける。
「……俺はどうしちまったんだ……」
『確認いたしますか?』
「うわっ!? ……ってツバメか。そっか、ドアをロックしてもツバメは普通にいるよな」
『はい。いついかなる時でも御身の御許に』
抑揚のない、やや冷たい雰囲気の合成音声が今はありがたかった。
『お困りでしたら、ツバメにご相談くださいませ』
「相談なぁ……ここ最近、なんか妙に好戦的っていうか。俺の芯がブレているというか。さっきも、最悪の場合はナーロウ公爵の殺害も視野に入れて計画を立ててた」
『全身のスキャンをしても?』
「ああ。頼む」
ブォン、と魔法陣が俺の頭上に現れ、ゆっくりと身体を通過していく。
痛みや感覚は存在しない。
『終わりました。病巣の類は発見できませんでした』
「……だろうな」
『はい。ですから原因はほぼ特定出来ました』
「……は?」
『スキャンにより可能性が非常に狭まりましたので、特定できました』
ツバメは俺の前にポップアップウィンドウを表示させた。
俺のバイタルやスキャンの数字が並んでいる。
『22年214日6時間51分のシミュレーション演習を行った副作用ですね』
肉体を改造し、修練を積んで技術を成長させた。
そのせいで俺は現在、無意識化に大きなストレスを抱えているらしい。
『時間とともに発散されますし、宇宙海賊撃ちやニア嬢の夜伽で発散していただこうと思っていたのですが』
「あー……そういう意味だったのか」
いや、ニアちゃんを俺のストレス発散にあてがうのはちゃんちゃらNGだけど。
そうしたストレスが原因で攻撃的になっているのでは、というのがツバメの見立てだ。
『後は、シミュレーション内の空間は難易度をわりと高めに設定しましたので――有体に言えば人間的にスレた可能性もありますね』
「理由が分かって何より。てっきり
『精神感応型エネルギー炉”アニムス”は使用者に負担を掛けない仕組みになっております! 大戦前期に粗製乱造された精神収奪型エネルギー炉ならばともかく当機は——』
「あー、ちょっとストップ」
知らない単語。
それも知ってないと不味そうなのが出て来たので訊ねたところ。
時々見える魔法陣のようなもの。
アレのエネルギー源は人間の精神なんだそうだ。
大戦前期は搭乗者が廃人になるような危険な装置を使っていたらしいが、技術が進歩した大戦末期では搭乗者にほぼ一切の負荷が掛からない仕組みに発展したとのこと。
『精神エネルギーはこことは違う層にまで影響が伝播するので、それを利用して防御不可能な——』
技術的な話は難しいのでパス。
ざっくり説明してもらうと、精神エネルギーは効率が非常に良い上に『通常兵器では防御不可』という特性があるらしい。
そのため、先史文明のほぼすべての兵器に精神エネルギーが必要となり、防御用のシールドやバリアにも精神エネルギーが使われているとのことだった。
「まぁ、俺がおかしくなったんじゃなけりゃいいや」
状況は刻々と変わっていく。スワローテイルに乗船したこともそうだし、シミュレーション内でバカみたいな時間を過ごして技能を身に着けたのもそうだ。
でも、根っこだけは変わりたくなかった。
汚いことや悪いことをして、誰かを困らせているような人間にはなりたくないのだ。
『マスターがそう願っている時点で、そうはならないので大丈夫ですよ』
「だと良いがな。おかしくなった時って、そういうのもわからなくなっちまってそうだし」
『ご安心ください。マスターがどれほどおかしくなろうとナノマシンを注入して元に戻してさしあげます』
「そ、そこはかとなく不安になる……!」
しばらくはニアちゃんが考える時間――かと思ったが、ツバメ曰く、もうすぐ俺の部屋に来るらしい。
『マスターの体調をスキャンしつつニア嬢の相談にも乗っておりましたので。一応、本人なりに結論を出したのでマスターのところに来るはずです』
言っている側からノック。
入室を許可してロックを解除すると、真剣な表情のニアちゃんがいた。
「勝手なお願いでごめんなさい。お祖父ちゃんを助けてほしいです」
「分かった」
「……良いんですか?」
「依頼主に頼まれれば頑張る。それだけさ」
「公爵に喧嘩を売るなんて……いくら払っても釣り合わないです」
「細かいことは気にしなくて良い」
とりあえず、ニアちゃんを助けるってことは確定事項だ。
子供が困ってたら手を差し伸べられる大人でありたい。それだけは絶対に曲げないようにしよう。
「さて。それじゃあやりますか」
ニアちゃんが笑っていられるように。
あの日、誰にも手を差し伸べてもらえなかった俺に「この宇宙もそれほど捨てたモンじゃない」と胸を張って言えるように。
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