第6話 朝の訓練

 目を覚ますと、目の前でニアちゃんがすぅすぅと寝息を立てていた。

 艶やかな唇に、作り物かと思うほど長い睫毛まつげ

 ニアちゃんが12歳かそこらなのも忘れて、思わずドキリとしてしまう。


 ……いかん。


 俺はロリコンじゃないし、寝ている少女に不埒なことをするつもりはないのだ。

 ニアちゃんを起こさないよう、涙の痕を噴いてあげると、静かにベッドを抜け出した。


『おはようございます』

「おはよう」


 ツバメに案内してもらって身支度を整える。

 ニアちゃんが寝ていたから、部屋から出るまで声掛けを待ってくれていたらしい。


 ちなみに衣服は艦内にあったストックを分解、俺の着ていた服に合わせて作り直してくれたものだ。

 中肉中背の体格にピッタリのシャツに黒のスラックス。その上から、これまた俺にピッタリに縫製されたカーキ色のフライトジャケットだ。


『防弾、防刃繊維を使用しておりますので実弾程度なら問題ありません。光学兵器レーザーは……10秒以上は焦げ跡が残りますね』

「結局平気なんかい!」

『ですから焦げます』


 身体の話だっつの。


『朝食は如何いかがなさいますか?』

「ニアちゃんが起きてからで」

『かしこまりました。それでは、朝のうちにちょっとした運動は如何でしょう?』

「運動……?」

『居住区画下部にトレーニング施設を併設しておりますので』

「そんなスペースある……?」

『空間拡張を施しておりますので、外から見るよりはずっと広くなっておりますよ』


 案内に従って移動すると、そこは白いパネルみたいなものに埋め尽くされた空間だった。

 壁際に縦型のポッドが2つ並んでいた。


『手前がトレーニングウェアへの着替えや基礎能力バイタルの計測を行うもので、奥側は医療ポッドです』

「医療ポッドって……そんな危険なトレーニングをするのか?」

『四肢くらいならば再生可能ですが、基本的には筋肉痛や疲労の軽減等に使います』

「最高級品じゃないか! 贅沢すぎる……!」


 とりあえず手前のポッドに入る。ぱしゅっと空気が全身を通り抜けたかと思うと、全身がぴたっとしたインナースーツに包まれていた。シャワー代わりに汗や汚れも落としてくれるらしい。

 黒を基調としたそれには銀のラインが刻まれており、不規則に明滅している。


「ずいぶんサイバーなデザインだな」

基礎能力バイタルをリアルタイム計測するためです。強化服パワードスーツと逆の原理で負荷をかけたり、正しい動きを理解するためにこちらから操作することも可能です』


 床がせりあがってきて来て、モデルガンみたいなものが出てきた。

 これを使って訓練をするのか。


『船外では私のサポートも不十分ですので、身を守る術は必須です。それに射撃訓練を繰り返すことで当機での射撃能力も向上が見込めます』

「それ、必要なのか? ツバメの支援があれば外すことはないと思うんだが」

『不意の破損や故障に備えなくてはなりません。また、マスターの射撃能力が向上すれば、それだけ他の所にリソースを割けますので』

「なるほど」


 室内に現れたホログラムに狙いを定めて撃つ。

 両脚の位置。腕の角度。指の掛け方。狙いの定め方。

 ありとあらゆるところを直されていく。


 射撃の後は体術だ。

 相手はホログラムだが、ツバメがパワードスーツを操作しているのか殴られたり受け止められたような感触まで再現される。


 脚運び。視線。腰の落とし方。腕や手首の動かし方。

 こちらは初心者なのもあって繰り返し同じ動きをやる。

 まずはゆっくり。次に早く。直されてまたゆっくり、早く。


『今日はこのくらいにしましょうか』

「疲れた……」

『マスターは筋が良いです。この分ならすぐに射撃も体術も形になるでしょう』


 は、と息を吐いたところでパチパチと拍手の音が響く。

 入口に視線を向けると、そこにはニアちゃんがいた。


「かっこ良かったです……!」

「来てたのか。おはよう」

「おはようございます、タツヤさん!」

『丁度起きられたので、マスターに水分を運ぶのを手伝っていただきました』


 水入りのボトルを運んでくれたらしい。

 礼を言って受け取る。感じていた以上に喉が渇いていたらしく、一気に半分以上飲み干してしまった。


「ぷはっ! 美味ぇ……」


 冷たい感覚が喉から身体に落ちていく。

 医療ポッドと着替えポッドをハシゴして疲れと汚れを落としてからダイニングへと向かった。


 昨日と同じく味は非常に美味しかった。


「さて、今日からはハイパードライブを利用しながら惑星ジミニーを目指そうと思う」

「はい! ありがとうございます!」

「その合間に可能なら宇宙海賊の駆除もしようと思っている」


 こくこくと頷くニアちゃんには特に不満もなさそうだ。


「そこで相談だ。ニアちゃんに社名を決めてもらいたい」

「社名、ですか!? 私が!?」

「ネーミングセンスとかないんだよ、俺」

『私は素晴らしい御名前をたまわりましたけれどね』


 ツバメが誇らしげにドヤる。そんなに大切なものとは思わず……もっと考えてつけてやれば良かった。

 いや、むしろ気に入ってるみたいだし結果オーライか。


「お名前……安定はフジシロ運輸とかカツヤ傭兵団とかですかね?」

「宇宙海賊狩り、傭兵、輸送屋、何でも屋……やることが雑多すぎて、どれもしっくり来ないんですよ」

「あっ、じゃあフジシロ屋、とかどうですか?」

「フジシロ屋」

「かっこいいと思いますよ! あ、名前の響きが、です」

「お、おう。分かってるよ、大丈夫」


 頬を赤く染めてそっぽを向かれると、俺も妙な気持ちになってしまう。

 今から良い関係を築いておけば、10年後くらいにしっぽりと……いや、ないな。

 洗脳して付き合うとかありえないし、そもそも10年計画なんてガチすぎるだろう。

 完全に犯罪者の思考である。


 それに俺は普通に今! ジャスト! なう! 可愛い女の子と付き合いたいのだ。


『では、マスター。これより当機を本社としてフジシロ屋の創業パーティーをしましょう』

「パーティー?」

『花火をあげつつ、豪勢な食事を得るための調は如何かと思いまして』

「……と、申しますと?」

『武装船舶がステルスモードで近づいてきています』

「宇宙海賊か!」


 よし、そうと決まればさっさと撃とう。


「わ、私もお手伝いできることがありませんか!?」

『では、サブウェポンをお任せします』


 はぁ……せっかくブラック企業から解放されたのだ。飲み屋でナンパとかもしてみたいが、ニアちゃんを送り届けるまでは外泊も無理そうだ。


「通信端末があればなぁ」


 ブラックホールに射出する前に取り上げられてしまったが、通信端末にはずっと追っかけていたグラビアアイドルのファイルが入っていた。


 俺のお気に入りは獣人と結晶人のハーフのマオ・フェーレース。

 華奢な身体に最高のスタイルを持った女の子だ。


 アルビノらしく真っ白な髪に真っ白な猫耳。

 ぷりっとした小ぶりな尻から伸びる気まぐれな長尾。

 結晶人特有のきらっきらな瞳。


『通信端末が御入用ですか?』

「おっ。用意できるのか?」

『ふふっ。マスターはご命令くだされば良いんですよ』

「通信端末を用意してくれ」


 よし、これでいつでも検索し放題だ……!

 あとはどうにか一人の時間を見つければできるだろう。


「さて、とりあえずのストレス発散に撃ちまくるぞ……!」


 だが、この時俺は気づいていなかった。

 ツバメの作った通信端末を使うってことは、あらゆる閲覧履歴をということに。

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