第4話 ニアちゃん

 助けた美少女は名前を、名前をニアと名乗った。

 彼女に供出してもらった食料をダイニングに運び、備え付けのテーブルセットで一息。

 ツバメが食べられる形に加工してくれるらしい。


「それで。ニアちゃんはどうして……あー、その、棺桶を?」

「これ、棺桶じゃないですよ?」


 ニアは自らの横に立てた棺桶をコンコンと叩く。中に納められている少女はニアに負けず劣らずの美少女だ。

 呼吸は無し。容器を叩かれても反応はなく、死んでるように見えた。


「これはコッペリア。おじい様が研究していた、先史文明時代の自動人形オートマトンです」

「自動人形……?」

「はい。人と同じように考え、感じ、動き、話す機械のことです」

「つまり古代のアンドロイド……?」

「正確には違うんですが、イメージ的にはそうですね……コッペリアを欲しがっている連中がしつこく付きまとってきて」


 脅迫文が届いたり、研究施設の外縁部にゴミが投げ込まれるようになったらしい。

 決定的だったのは、ニアが誘拐されそうになったことだ。


「別の星に逃げようとしたんですが、連中はなりふり構わなくなって宇宙海賊まで雇って襲って来たんです」

「それで、ニアちゃんのお祖父さんは?」

「……攪乱かくらんのため、別の船で別の星へ向かいました」

「連絡を取る方法は?」

「万が一のための待ち合わせ場所を決めてあります」


 ツェペット星系第4惑星、ジミニー。

 過去、旅行したときに泊まったホテルのフロントに伝言を頼むことになっていたらしい。


「直接赴くしかないのか……」

『星間通信は傍受されやすいですからね。現在の規格に合わせるようとすると、ツバメでも装置をつくらないと難しいです』


 物資があればできるようになるらしいが、先立つものがなさ過ぎて予定すら立たない。

 傭兵稼業を始めると決めたはいいが、ここに来たばかりなので知り合いはニアちゃんだけ。さらに言えば特に営業していないので知名度ゼロだ。

 待っていてもミイラになるだけなのは確定である。


「ハァ……とりあえず金を稼げるようにならねぇとな。運送業でも始めるか……?」


 イメージは悪いが、それ以外に働いた経験もないからな。


「あの。撃沈した宇宙海賊の懸賞金は受け取らないのですか?」

「懸賞金……?」

「実害のある宇宙海賊でしたら、賞金首になっているかもしれませんよ?」


 航路を塞がれて貿易に支障が出ると、国が。

 実際に被害を被った企業が。

 時には怒りに燃えた個人が懸賞金をかけるらしい。


 懸賞金がつかないような小物も「停戦を呼びかけ無視された映像や音声」「相手に攻撃の意志があると判断できる映像や音声」があればある程度のお金がもらえるらしい。


 宇宙海賊がいちゅうを駆除するだけでお金を貰えるなんて最高じゃないか。


「やり手の賞金稼ぎバウンティハンターになると宇宙海賊の元にスパイまで送り込んで、戦力や隠れ家を把握したり、積荷を確保したりするみたいです。よろしければ、私が知ってることを——」

「必要ない」

「えっ?」

「ああ、すまない。ニアちゃんに怒ってるわけじゃない。でも、個人的事情で宇宙海賊は一秒でも早く息の根を止めないと気が済まないんだ」


 あんな奴らが空気を吸ってるとか資源の無駄遣いにもほどがある。

 積荷がひとかけらも残らなくとも構わない。


「俺は賞金稼ぎじゃなくて良い」


 目的は金じゃないからな。


「じゃあ、何なんです?」

「傭兵だ。……雇い主がいない間は、運送業とか何でも屋でも良いけど」


 俺の言葉にニアちゃんが目を見開いた。


「あ、あの! それじゃあ、お仕事お願いできますか!?」

「俺たちにか?」

「はい! お金は……今はありませんがおじい様と合流したら必ずお支払いしますので!」

「良いよ。受ける」

「……っ! ありがとうございます!」


 そうと決まったらまずは腹ごしらえだな。

 何度目になるか分からない俺の腹の虫と、きゅるる、と可愛く鳴ったニアちゃんのお腹を満たすためにツバメが料理を用意してくれた。


 ダイニング奥の厨房から、円錐形のロボットが料理を運んでくる。

 作業用アームにトレイを乗せ、キャタピラやスラスターで進む姿はどう考えても給仕用ではない。


『本来は保守・修繕と弾薬類の生産を行うロボットですが、ツバメに適した義体がございませんでしたので、一機だけ徴発しました』

「お、おう……無骨なメカからツバメの声が聞こえるのは違和感あるな……」

『あとで人工声帯だけ取り付けますか?』

「いや、そこまでしなくていいよ。っていうかすごい料理だな」


 携帯食料と缶詰から出来たとは思えないほどの豪華な料理が皿の上に盛り付けられていた。ほかほかの湯気があがり、よだれが止まらなくなるような匂いが鼻腔を刺激する。

 安月給の俺には、モニターの向こう側でしか見たことのなかった料理である。


『牛肉フィレ風のステーキ風携帯食料にノンオイル風のわさび醤油ドレッシング風携帯食料を掛けたものと、無農薬風野菜風のグリル携帯食料です』

「……なんて?」


 嵐か台風? ってくらいふうがついてた気がする。


『ですから、すべて携帯食料です。一部は成分分析に回し、分子構造を書き換えてあるので本物と遜色ないクオリティに仕上がっておりますよ』

「……決めた。金が溜まったら宇宙全土の美食を食い尽くしにいく」

『こちらの方が栄養バランスは優れているのですが』

「美食は栄養じゃなくて美味しさなんだよ」


 今まで食べたことのないほど美味しい携帯食料りょうり舌鼓したつづみを打ちながらも、なんとなく納得できなくなってしまう。こんなに美味しそうなのに全部、ただの携帯食料なのか……。

 給料日前、ボロアパートの隅っこで静かに齧っていた時の思い出が走馬灯のように蘇ってしまう。

 

 ニアちゃんは満面の笑みを浮かべてパクパク食べている。俺も無邪気に味だけを楽しみたかった。原材料は内緒にするか、せめて食べ終わってから言ってくれたらなぁ。


「デザートはバニラアイス風冷やし携帯食料です」

「……美食の前に、普段の食材を仕入れるところから始めるか」


 なお、味は美味しかった。味はね。

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