第2話 古代戦艦スワローテイル

 、ブラックホールに呑み込まれました、と言われて約五分。

 いまだにこの船が破壊される様子はない。時々揺れるものの、妙な音を立てて軋むこともなければ船内に警告音が鳴り響くこともなかった。

 恐る恐る脱出ポッドから抜け出した俺は合成音声に導かれて艦橋を目指していた。


 と言っても気密ドアの先は廊下があるだけだったので迷ったりはしない。途中、船室に繋がりそうなドアもいくつかあったが探検するわけにもいかないしな。


 まずは船長にお礼を告げて、できれば居住地がある惑星まで送ってもらおう。もしくはここで働かせてもらえないだろうか……。


 そんなことを考えながら最奥のドアを開ける。


 スッキリした印象の艦橋は中央に船長用の椅子。左右に補助員用の座席が用意されていたが――


「助かりました、自分はカシミール星系のタツヤ・フジシロと……って、無人?」

『はい。現在、当機は無人運航をしております』

「無人運航!? それじゃあ君は!?」

『当機の統御を任された管理用AIでございます』

「無人機のAI航行って……星間法で禁止されてるはずだ!」

『そのような法律は存じ上げません』

「んなバカな! それじゃあ君の所持者か管理者に連絡を取ってくれ! 所属の管理会社でもいい!」

『残念ながら、当機が所属しておりますラウル星系連邦国家とは、2831年117日4時間22分前から通信が途絶しております』

「……は?」

『ですから——』

「いや、そうじゃなくて。ラウル星系って、まだ太陽系がにあった伝説の星系だろ!?」

『伝説ではございません。当機はラウル星系第三惑星テラで製造されました』


 背筋がゾクゾクした。

 つまるところ、こいつは——


……それも稼働中の……!」

『古代戦艦……? 当機をそう呼称する意図を説明をお願いできますか?』

「ああ、すまん」


 AIに向けて簡単に説明する。

 といっても俺が知ってるのはごく一般的なことだけだが。


 今の文明が発達するよりももっと前に、もう一つ文明があった。

 先史文明、と呼ばれるその文明は現在よりもずっと発達した技術を持っていた。

 始まりの地『地球』を擁する太陽系から宇宙全体に広がった人類は資源や民族、宗教などの違いで争い始めた。


「最終的に太陽系は。生き残った人類も文明が衰退し、宇宙に出られなくなった」

『フジシロ様は宇宙にいらっしゃいましたが』

「500年くらい前にようやく宇宙に再進出。今は星々を巡って開発したり資源を集めたりってワケだ」

『理解しました。申し訳ありませんが生体スキャンを実施します』


 言葉と同時、俺の同意など無しにオーロラみたいな光が俺の身体に降り注いだ。


『DNA配列を確認。ラウル星系由来の遺伝子型を126個ほど確認しましたので、お客様を子孫と認定します』

「子孫って……俺の祖先がラウル星系出身? おとぎ話の?」

『おとぎ話ではありません。――録音したお客様との会話を再生・分析した結果、嘘の類は確認できませんでした』

「まぁ、そりゃ嘘なんてついてないからな」

『従って、フジシロ様を暫定的にラウル星系連邦国家の代表に任命します』

「……はい?」

『この決定に不服があるときはラウル星系の主星から正規の通信で抗議をお願いします』

「いや、だからラウル星系はもうないんだってば……」

『では、マスターを暫定代表の座から引きずりおろせる者は存在しませんね』


 合成音声はあっけらかんと言い放った。


「マスターって……?」

『ラウル星系は滅んでいるのでしょう? ラウル星系連邦国家は敵戦力による鹵獲ろかくを恐れ、権利がある者がいなくなると自爆するようにプログラムされています』

「……俺を回収した時、無人だったんだよな?」

『あれは戦闘特例法5条4項と7条3から12項に従って宇宙空間でステルス状態を保ち待機していただけです』

「……なるほど?」

『待機ですよ。あらゆる兵装を解除し、爆破指示があればすぐ受け入れられる体制を整えておりましたので』


 もしかして、だけど。

 コイツ、実は自分の所属が負けたことを理解してたんじゃないだろうか。

 何せ言ってることが事実なら数千年もの間、宇宙空間をさまよっていたことになる。


 先史文明のぶっ飛んだ技術で出来たAIならば、そのくらいの予測演算はできるだろう。


 後は、自爆しなくても良いようにこういう屁理屈を考えていたんだろう。

 俺が適合したっていう126個の遺伝子だって、そもそもんだから多いか少ないかだって分からない。

 獣人とか結晶人の類ならいざ知らず、普通の人間ならば多かれ少なかれ適合するような気もする。


 ただし、それを突っ込んでも藪蛇なので今は放置だ。


「俺をマスターに任命するってことは、俺が艦長になるのか?」

『はい。マスターにはラウル星系連邦国家を復権するため、超法規的な活動が許可されます』

「超法規的……つまり、何でも有りってことか?」

『はい。当機はマスターの指示があればあらゆる法を無視することができます。これは戦時特例法のみならず、通常法や惑星間条約すらも含まれます』

「つまり、俺の判断が全てってことか」

『はい。もっとも、解除した兵装が再使用できるようになるまで、かなりの時間がかかりますが』


 コイツが自爆を回避するためには必要な措置だったんだろうな。


『当機は約2800年前の法律しかインストールされておりませんので、マスターの判断を尊重します』


 翻訳するならば「守るべき者のいなくなった法律なんて無視していいから、現代の法律で運用してね」ってところだろうか。

 まさに渡りに船である。

 古代の戦艦なら星が買えるほどの金額になるが、どうせならコイツを使って稼ぎたい。誰にも気を遣わず、顔色を窺わずに。

 いくら金があってもブラックホールに射出されたら死ぬしかない。必要なのは武力だ。

 とりあえずは自由気ままな傭兵稼業でも始めてみようか。


「とりあえずは了解だ。――ちなみに、君はなんて呼べばいい?」

『高速機動戦艦”スワローテイル”の管理AIに名称はございません』

「俺が名づけても?」

『ご随意に』

「じゃあ、ツバメ。これから、俺の指示で燕の尻尾スワローテイルを振り回してもらうからな」

『かしこまりました。当AIはこれより、呼称をツバメとします』


 ツバメにスワローテイルの武装やら機能を説明してもらったところで、俺の腹が鳴った。


 ……そういや宇宙海賊に襲われてから丸一日、何も食べていなかった。


「食事とかは——」

『残念ながら、食材の類は艦内には存在しません。――食料を得られそうなところに向かいますか?』

「そうだな。ぜひそうしてくれ」

『かしこまりました。――ブラックホールから脱出しますので、揺れますよ』

「できるのか?」

『マスターが操るのはラウル星系連邦国家のあらゆる技術を詰め込んだ最高の高速機動戦艦ですよ?』


 ツバメは咎めるように——しかし、どこか誇らしげに言葉を続けた。


『やれ、と。そう命じてください』


 なんとも頼もしい言葉だ。


「……やれっ!」

『了解しました』


 言いながらスルリと動き出したスワローテイル。

 揺れると言っていたが、今まで乗っていた輸送船に比べれば止まっているのと同レベルだ。


 輸送船がオンボロなのもあるが、何よりも技術力が違いすぎるのだ。


 塗り潰されたような漆黒の空間を進むこと、約10分。


『――そろそろ抜けますのでご準備を』

「ちなみにどこら辺の星系に出るんだ?」

『ブラックホールのほぼ中心を通りました。空間の歪曲率が大きいのでズレる可能性もありますが、アルジータ星系からローレック星系の間かと』


 聞いたことない星系だ。


『出ます――揺れにご注意ください』

「至って快適だよ」

『いえ。しましたので」

「……はい!? そういうのは早く言ってくれ!」


 ブラックホールを抜けた直後。

 スワローテイルのメインモニターに武装船団と、それに取り囲まれた輸送船が映し出された。


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