第9話 誕生日パーティー
「...着いちゃったね」
「意外とすぐでしたね」
僕たちにとっては出口で終わるはずだった、マンションの入口の前で立ち尽くす。雲にも届くほど高いマンションを見上げる。
「大して迷いもせずに辿り着いたのが恥ずかしいな」
暗証番号を打ち込むために、1から9までのボタンと睨めっこをする。
「ダメだぁ。オートロックの暗証番号教えてもらったんだけど、忘れちゃった」
「これ側から見たら完全に不法侵入じゃないですか?パスワード打ち込まずに悩んでるって」
「まぁ、確かにそうだけどさ、頼りがここしかないよね」
僕は周囲を見渡しながら言う。
「じゃあ、さっさとオートロックの突破方法で検索して下さいよ」
「もう充電が切れそうなんだけど。日夏ちゃん、スマホは?」
後ろから話しかけてくる日夏ちゃんに、振り返って赤色の充電残量を見せる。
「捨てて来ましたよ。邪魔だったし」
「そ、そっか」
「え、どうしよ。こんなところで待ってる訳にも行かないしなぁ。SNSで連絡しても、すぐには気付かないだろうし」
頭を抱えて考え込んでいると、自動ドアが開いて中から人が出てくる。
「あれ、もう化けて出たの?2人揃って」
「あっ、...優菜さん」
声の方に顔を向けると、優菜さんがいた。手には鞄を持っていた。これからどこかへ、出掛けるところなのだろうか。
「帰って来ちゃったかぁ。とりあえず部屋来な?」
優菜さんの部屋でこれまでの経緯を説明した。
「へぇー。確かに死ぬなら、その前にお酒飲んだ方がいいよ!人生変わるからさ」
そう言った後、優菜さんは僕に視線を集中させる。力強い目力に思わず声を掛ける。
「え、な、何ですか?」
「いやー、女装姿可愛いなーって」
「まだ言ってるんですか?ここに来るまで、この格好ですごい恥ずかしかったんですけど」
優菜さんの強い眼光に耐え切れず、頭に乗ったウィッグを取り外して視線を逸らすと、ベランダに干してある僕の服が見えた。
「僕の服、わざわざ洗ってくれたんですか」
「んー、うん」
「すみません。持ってくの忘れてました。ありがとうございます」
「洗ってから捨てようかと思ったけど、まさか持ち主が戻ってくるとはね」
返す言葉が見つからずテーブルに置かれた、お茶の入ったコップを見つめる。
「ドブ林檎ちゃん、あと3日で20歳なんだね。めでたいね!」
「あ、はい」
「日夏ちゃんですよ。ドブ林檎じゃなくて」
つい咄嗟に名前を訂正してしまう。
「へぇー、日夏ちゃんか!っぽいね!似合ってる!いい名前」
「ど、どうも」
日夏ちゃんは顔を赤くして困り顔を浮かべる。しかし、同時に喜んでいるようにも見えた。
「3日後ってことは〜、4月21日か!その日は誕生日パーティーでもやろうか!盛大にね」
優菜さんは部屋のカレンダーを見て立ち上がり、ボールペンを手に取り21日に丸をつける。
「おお!いいですね!」
「え、良いんですか?」
「うん!お酒をたくさん買ってこよう!あとケーキも!ってもうこんな時間!」
壁に掛けてある時計を見て、優菜さんは慌ただしく動き始める。
「私出掛けるからさ、出てくなら鍵してってね。鍵ここに置いてくね。帰って来るの遅いから夜ご飯適当に食べといて。昼ご飯もね!」
優菜さんはテーブルに鍵を叩き付けると、ダッシュで玄関のドアから外に飛び出して行った。
「鍵を渡しちゃうなんて不用心だなぁ」
テーブルの上に置かれた鍵を手繰り寄せる。
「朝ごはんでも買いに行く?」
「はい!お腹減りました」
「ねっ」
「とりあえず着替えないとな...」
ベランダに干してある服を取りに立ち上がる。
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