第6話 意外な一面

 優菜さんが昨日言っていた事を思い出して、心臓が小刻みに震え始める。


 「あの座ってる子は、昨日来るって話してた子ですか?」


 「そう」


 「で、説得は」


 「失敗ー」


 優菜さんは首を傾げて僕から視線を外して、顔の前でばつ印を作る。


 「あの子、この後すぐにでもオススメ場所に連れてって言ってるけど、千明君も今日でよかった?」


 出来れば首を横に振りたい質問に硬直する。僕は死にに来たのに、何でこの質問の返答に悩んでいるのだろうか。どうして死にたいと考えるようになったのか、その理由すら頭から出てこない。小さな事で死にたいと考える日が多すぎて、大きな理由が存在していない。ああ、そうだ。自分で決めた事すら、遂行出来ない自分に腹を立てて死にたいと感じてしまったんだ。


 「千明君〜?」


 「あっ、すみません。...今日で問題ないです。お願いします」


 僕が答えると優菜さんはニコリと笑う。


 「じゃあ、約束通り女装してもらうよ!」


 「は!?」


 「え?」


 「何ですかそれ!?そんな約束しましたっけ?」


 「えー?したじゃん!昨日この家にいる間のルールを話した時に!もう忘れたの!?」


 「あー」


 僕の何の意味も含まない声に、優菜さんは取り乱したように早口で話し出す。


 「え?してくれるよね!?私は千明君が男でも家に泊めてあげた理由これなんだけど!?顔が可愛いなって思ったからなんだけど!!」


 「分かりました!分かりました!多分、僕が忘れてるんですね。約束は守りますよ!」


 勢いに押されて、した記憶のない約束を果たしてしまった。


 「うぅ、すっごい似合ってるぅ〜!!」


 女装している姿の僕を見て、優菜さんは口を両手で抑えて涙を流している。


 「えぇ、...泣いてる?」


 仕事で疲れが溜まっているのだろうか。優菜さんらしくないように見えた。まあ、出会ってから1日も経っていないので、優菜さんのらしさなんて知るはずもない。


 「そんな似合ってます?」


 着せられた服は随分と可愛いものだった。襟元にはリボン。肩まで届く金髪のウィッグも装着した。服のサイズが小さい。女物の服だから当然だが、僕くらいの細さが無ければ刑務所より窮屈だろう。


 「似合ってるよぉー!!ねえ!ドブ林檎ちゃん!」


 優菜さんにドブ林檎と呼ばれる女の子は、長い金髪にニコちゃんマークが大きくプリントされた服を着ている。


 「えー、まあ似合ってますよ。ふふっ」


 今日会ったばかりの女の子に鼻で笑われた。まあ、別にそんな気にするような事ではない。どうせこの子もあと少しすれば、あの世に行くのだから。


 「千明君の女装姿も見れた事だし、そろそろ行きますか!!」


 優菜さんはカチャカチャと音を立てながら、車の鍵を手に取る。先程まで、よく分からない理由で瞳を潤していた人が運転する車に乗っても大丈夫だろうか。最悪死因が変わることになりそうだ。


 「2人とも後ろ乗っちゃってー」


 優菜さんに言われ、後部座席に乗り込む。隣に女の子が座るので、リュックは膝の上に乗せる。車のエンジンがかかって、これから死にに行く事を強く実感する。


 「2、30分くらいで着くからね」


 「分かりました。それにしても何で自殺のオススメ場所なんて知ってるんですか?」


 「え?...んー、友達」


 声のトーンと答えるまでの間で、質問したらダメな内容だったと理解する。


 「というか、僕この格好のままで行くんですか!?」


 「どうせ死ぬんだからいいじゃん。死んだら骨しか残らないし!それじゃ出発します!」


 僕を乗せた車がゆっくりと動き出す。


 

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