第5話 死にたい心を殺す子

 振り返った先に立っていたのは、昔から知っている顔。


 「え!?涼太くん?」


 「うん。久しぶり」


 そう言いながら涼太君は近づいて来る。


 「何してたの?」


 「ん?あのゲーム欲しいけど、相変わらず高いな〜って」


 少し遠くなったゲーム機の方に指を刺す。涼太君は僕の指した指の方向を見てから、こちらに視線を戻すと口を開く。


 「いやそうじゃなくて、何で東京にいるのって?」


 「え?え、いやー、あの。涼太君も何で東京に?」


 その質問に正直に答える事なんて出来るはずもなく、質問を質問で返す。


 「僕は大学が東京だから、こっちで1人暮らししてる」


 「え!?そうなんだ!頭良かったもんね!僕はねー、旅行!1人旅!」


 「旅行かー。それにしても随分と荷物少ないけど」


 ペラペラのリュックと暇を持て余す両手。涼太君の視線が手に注目する。


 「まあ、行き当たりばったり旅だからさ!こんなもんよ!たくさん歩くし!」


 「旅行中か〜。せっかく久々に会ったから、話したかったんだけど、迷惑だもんね?」


 「いや、全然大丈夫!行き当たりばったり旅の醍醐味っぽいから!」


 「良かったぁ〜。なら家来る?目の前の駅から2駅で着くから。あのゲームもあるよ。今日はカセットを買いに来たんだ」


 右手に待ったカセットを僕に見せながら涼太君は話す。


 「いいの!?行く!!」


 8分くらい電車に揺られる。降りて数分歩く。


 「あそこだよ。僕の住んでるとこ」


 涼太君が指で示した先には、2階建てのアパートが見える。優菜さんの住んでるマンションとは似ても似つかない。心が安らぐオンボロさ。


 「そこの2階に住んでるの」


 「おお!」


 錆び付いた階段を登って部屋まで歩く。白いアパートについた汚れは目に残る。


 「おじゃましまーす!」


 中に入ると年季の入った外見とは違い、綺麗な部屋が飛び込んでくる。


 「おお!1人暮らしって感じする!」


 「そりゃ1人暮らしだからね」


 涼太君が扉を閉めて鍵をかける。


 「ソファにでも座って寛いでて」


 「了解!」


 沈み込み過ぎない、ちょうどいい硬さのソファがメキキキと音を立てる。


 「本当に会うの久々だね。航大君、幼稚園の時から顔が全然変わってないからすぐ分かったよ」


 「え?そうかな?」


 両手で自分の顔を触って確認する。


 「でも涼太君も変わってないよ!ずっと同じ顔してる!」


 「ふふ。最後に会ったの中学生の時だよね?」


 涼太君はテレビの電源をつけて、テレビ台の下の引き出しを開ける。


 「一応成人式の時に涼太君見たんだけど、何か恥ずかしくて声掛けれなかったよ!」


 「何だそりゃ!って言いたいけど僕も分かるよ。その気持ち」


 それからゲームをした。たくさん笑って、たくさんボタンを押した。笑い過ぎてお腹痛いし、嬉しい涙もたくさん出た。


 「もうこんな時間か」


 「ゲームって時間の流れ早くなるよね!友達とかと一緒にやってると特に」


 「何か食べに行く?」


 「めんどくさいから何か買って来てここで食べよ!1人暮らししてる友達の家でご飯食べるの夢だったんだ!」


 「何その夢」


 涼太君がニコリと笑う。


 「僕たち幼稚園の時から知り合いなのに、学校以外で会って遊んだ事なかったよね?」


 「確かに。家もそんな遠くないのにね」


 コンビニで買って来たご飯を食べながら、引き続き会話を弾ませる。


 「何でだろうね」


 「でも僕が航大君の家まで着いて行ってゲームした事ならあったよね?」


 「あー、あったあった!涼太君ランドセルだけ家に置いてから、着いて来てたもんね。雪降った日とか僕の家着くまで、雪遊びしながら帰ったし!」


 「懐かし」


 涼太君は机の上にある缶ビールを手に取り、喉に流し入れる。僕はペットボトルのお茶を飲みながら、それを眺める。


 「酒飲むんだね!なんか意外」


 「うん。美味しいよ。航大君は飲まないの?」


 「うーん。何回か飲んだけど、味しないやつとか、苦いやつとかあって全然美味しくなかったかな。冷たい水のが美味しいよ!こっちの友達とも酒飲んだりするの?」


 「いや、飲まないよ。大学に気の合う奴がいなくてさ、小学校とか一緒の子が何人か東京にいるから、たまに遊んだりはしてるよ」


 「いいな!楽しそう!」


 「まあ、楽しいよ。てか時間大丈夫?泊まってく?」


 言われてスマホで時刻を確認すると、もう少しで23時になるところだった。


 「大丈夫!迷惑だから戻るよ!今日はありがとうね!」


 立ち上がって机の上のゴミを手に取って、床に置いてあるリュックを拾う。


 「ゴミくらい捨てとくから置いてっていいよ!てか、連絡先!交換しようよ」


 「...ああ!しよしよ!ちょっと前にスマホ壊れちゃってさ、連絡先持ってる人少な過ぎて悲しかったんだよ!涼太君の連絡先が来たら100人力だよ!」


 「スマホ壊れたの?だからか〜」


 涼太君が納得の表情を浮かべる。


 「ん?何が?」


 「千明がさ、成人式の時に航大君と連絡先交換出来たのに、連絡出来なくなったって騒いでたんだよ。嫌われたーとか」


 「あー!何にも連絡取り合う前にスマホ壊れたからなぁ。千明も東京の大学だったもんね!アイツは元気?」


 「たまに会うけど、ずっと元気だよ」


 「そりゃ良かった!」


 リュックを背負って立ち上がり、玄関で座って靴を履く。丸まった僕の背中に涼太君が話し掛ける。


 「また来てよ。今度はちゃんと東京、案内するよ!千明も誘ってさ!そっちに帰った時も遊ぼうよ!」


 「...うん!」


 靴紐を結びながら、下を向いて返事をする。


 「じゃあ行くね!今日はありがと!」


 「うん!ありがと」


 立ち上がってドアを開けて外に出る。涼太君は扉を開けて、部屋の光と共に顔を出す。


 「それじゃ気を付けて!またね!」


 「バイバイ!」


 笑顔で手を振る涼太君に背を向けて歩き出す。階段に足を掛けると扉の閉まる音が聞こえる。振り返ると光は消えていた。でも僕の心が闇に照らされる事はない。心から漏れ出た光は口元を緩ませる。

 弾む心と足取りで夜の地面を蹴り歩く。視界を上下させ、地面を蹴り上げて、スキップをして帰る。誰も僕を見れない暗さ。僕だけが僕がスキップをしている事に気付いている。


 「あああーー!楽しかったーー!!」


 ノリノリな心臓と一緒に優菜さんの家に戻り、インターホンを押す。ピンポーンとお馴染みの音がなってから、ドアはすぐに開いた。


 「千明君。遅かったね。もう先に死にに行ったのかと思ったよ」


 ドアを開けてくれた優菜さんは、まだスーツを着ている。


 「ああ、すみません」


 靴を脱いで部屋に上がる。


 「いいよいいよ。ちょうど来てるし」


 優菜さんがリビングに視線を送る。その視線を追従すると、長い金色の髪が見える。誰かが座っている。


 

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