第3話 鼓動のタイムリミット

 20分くらい歩いて落ち着いた住宅街に着く。先程までいた場所には山ほどあった、ビルなどの高層建築物の数はめっきりと減る。目の前にある高いマンションだけにスポットライトが当てられる。


 「ここに住んでるんですか?」


 「うん」


 マンションに近づくとガラス張りの入口が見えてくる。


 「これオートロックってヤツですか?」


 「そうだよー」


 優菜さんは壁に張り付いているパネルを操作する。


 「アンタ金持ち?」


 「普通。あと敬語!」


 パネルを操作しながら優菜さんは答える。ロックを解除して、エレベーターで3階まで上がる。


 「どうぞ」


 「おじゃまします」


 「広っ!」


 部屋に入って驚く。自分が住んでいた家の1階部分より広い。


 「とりあえずお風呂でも入りな。外で待ってて寒かったでしょ?」


 「え?いいんですか?」


 「うん。着替えとかある?」


 「一応ありますよ」


 背負っているリュックをおろして中を確認する。


 「でもタオルがないですね...」


 「あー、貸す貸す。あと先に入っちゃっていいよ」


 「マジですか?」


 「私が入った後の浴槽にアンタが浸かるの嫌だから」


 「そっち派ですか。風呂に入らせてもらえるだけで最高ですよ!」


 頭と体を念入りに洗ってから浴槽に浸かる。ちょうどいい温度のお湯が体の冷えを取り除いて行く。


 「千秋君。バスタオル置いとくから使ってね」


 外から優菜さんの声が聞こえる。


 「すみません!ありがとうございます」


 心地の良い暖かさが全てをかき消していく。本当なら今頃死んでいてもおかしくない時間。僕は今日、東京に死にに来たのに生きている。この予定が崩れても焦りがないのは、本当はそこまで死を求めていなかったのだろうか。


 「はぁ〜」


 こう言うことを考えたくなかったから死にたかったんだ。それを思い出しながら風呂を後にする。


 「じゃあ今から、この家のルールを教えるから、しっかり聞いてよ」


 「はい」


 優菜さんも風呂から出て、今はリビングのテーブルで向かい合わせに座る。


 「まず!毎日100円払う事!これが家賃みたいなもんね。ルールはそんだけ」


 「え!1日100円で住めるんですか?今50万あるから楽勝ですよ!」


 リュックを手繰り寄せて中の財布を取り出す。


 「金持ちじゃーん。大学生だっけ?」


 「まあ一応、特に欲しいものも無いのにバイトだけは行ってましたから」


 「社会人になったらそれが当たり前になっちゃうよ」


 「えー、説教?」


 そう言いながら、財布から出した100円玉を優菜さんに手渡す。


 「事実だよ。まいどー」


 優菜さんは机に肘を立てて、右の手のひらに顎を乗せている。仕事がなくて暇そうな左手が100円玉を握る。


 「これで家のルールの説明終了!他に何か聞きたい事ある?」


 「えー、じゃあ何で可愛い女の子限定なのか聞いてもいいですか?もしかして同性愛者?」


 「違う。今はいないけど彼氏できた事あるし」


 「もしかして僕狙われてます?」


 「ないわ!アンタみたいなナヨイ奴はタイプじゃないから」


 優菜さんが左手に持っていた100円玉を机に落とす。チャリーンと音を出した後、100円玉がブレイクダンスを披露する。ダンと机を叩く音が耳に飛び込む。体力が切れてダンスが終わる前に、優菜さんの左手の下敷きになる。


 「私はただ、可愛い女の子に死んで欲しくないだけ!だから家に来てもらって、説得して帰ってもらってるだけだよ!」


 「それでみんな納得して帰るんですか?」


 「まあ、8割ってとこかな」


 「説得出来なかった子はどうなるんですか?」


 「そりゃあ、自殺のオススメ場所に連れてくよ。もう会うこともないから、本当に死んだのかは分からないけどね」


 笑顔でそう言う、優菜さんを見て少し怖いと思う。


 「へー、それ結構最悪じゃないですか?」


 「そう?」


 「だって相手は頑張って死ぬために会いに来たのに、家に連れてかれて説得されて帰らされるって、相手の決心を踏み躙るような行為ですよ」


 「そうかな?人に言われたくらいで決心が揺らいで納得するくらいなら、最初から大して死にたいなんて思ってないよ。皆その時々に抱いた感情を、長年連れ去った相棒みたいに勘違いしてるだけだよ」


 「そんなもんかなー?」


 納得出来ずに腕を組んで首を傾ける。


 「そうだよ。じゃあ、こっちの質問。アンタは何で2人で死にたいの?」


 「んー、1人だと逃げ出せるから。僕は意思が弱いし気も弱いから、誰かと約束したら破れない。限界まで追い詰められた方がいいんです」


 「なんだそんな理由か!でもアンタは本気で死にたいと思ってなさそうに見えるけどね」


 自分を否定する発言をする優菜さんを細めた目で見つめる。


 「だって50万も持って来てるじゃん。それじゃあ当分は生活出来ちゃうよ。追い詰められたいなら必要最低限でよかったんじゃない?」


 正論に近いことを言われて何も言葉を返せなくなる。何で大金を持って来たんだろう。口座に残しておけば親の役に立ったかもしれないのに。


 「まあいいや」


 そう言って優菜さんはスマホの画面を僕に見せて来る。そこには誰かとのメッセージのやり取りが映っていた。


 「明日女の子が1人来るから。私がその子の説得に失敗したら2人で死にに行けば?君が明日まで死ぬの我慢出来るなら」


 心臓の鼓動が速くなる。この鼓動は絶対にワクワクではない。

 心臓の鼓動をかき消すように、ズボンのポケットに入っているスマホが震える。取り出してスマホの画面を見ると母親から1件のメッセージが届いていた。


 ちゃんとホテルに着いた?


 それを見た瞬間、僕の中から耳と感覚が無くなったかのように静かになる。

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