第2話 嘘はお互い様

 「あっ!はい!そうです!」


 そう返事をして顔を上げると目の前にはスーツを着た女性が立っていた。


 「え?おっさんじゃない!?」


 「男!?」


 僕達はお互いの顔を見て、ほぼ同時に言葉を吐く。咄嗟に立ち上がった視線の少し下で、女性は怪訝そうな表情を浮かべて、僕の顔を見上げる。


 「おっさんじゃないってどう言う意味?私、おっさんだと思われてたの?」


 「だってやたら女?とか顔の写真ちょうだい、とか聞いて来るし、文章が全体的におっさんぽかったから」


 「文章おっさんぽかった?」


 「かなり」


 「マジか。あれ私の素の文章なんだけどなぁ。結構ショックだ〜」


 そう言って女性は大口を開けて、暗い空を見上げる。


 「でも私さ可愛い女の子限定って言ったよね?で、君も返信で顔には結構自信があるって言うから信じてたのに〜」


 「キモいおっさんだと思ってたんだ。どうせなら死ぬまでに誰かを盛大に騙してやりたかったんだ」


 「へぇ〜、まるで今までの人生で人を騙した事が無いような口ぶり。今日、親に何て言って出て来たの?」


 「...旅行」


 「お前っ!悪ガキだな〜」


 「そう言うのいいよ。早くオススメ場所に連れてってよ」


 催促する声は自分でも分かるくらいに震えていた。話しかけられてから今まで、胸の音が鳴り止まない。ドクンドクンと心臓が暴れているのがよく分かる。


 「それにしても意外だ」


 「何が?」


 「アンタみたいな美人でも死にたいなんて思うんだなって」


 緊張を抑えるために捻り出した軽口。それを聞いた女性は、何かを思い出したかのように話し始める。


 「あー、そっかぁ。親も私も騙したお前に私からのお返しだ。私は全然死にたいなんて思ってないからさ!死ぬなら1人で死んでくれよ。少年っ!」


 肩を軽くポンッと叩かれる。暗く静まり返った夜の広場で放たれた言葉はよく聞こえる。だが、頭が上手く理解しない。


 「え?なに?そーゆー嘘?」


 「嘘じゃないよ。私は死にたいとか思った事ないもん」


 「え、え?じゃあ、オススメ場所知ってるのも嘘?」


 「それは本当!何なら今から連れてってやってもいいよ?」


 さっきまで寒いと感じていたはずなのに、額から流れるつもりの汗が待機している。冗談じゃない。1人で死ぬのが嫌だったから、わざわざ東京まで来たんだ。この女、とんでもない嘘つきだ。怒りと焦りから、両手の拳に力が入る。自分も嘘をついた事実がそれを押し付ける。体から力が抜けてため息が漏れる。


 「今日死なないなら、一旦私の家来る?」


 「え」


 突然の提案に沈んだ気分ごと顔を上げる。


 「死ぬまでの間なら住ませてあげるよ。何歳?」


 「20だけど」


 「よし!成人してるなら問題なし!で、来るの?来ないの?」


 「じゃ、じゃあ行かせてもらう」


 「おっけー。じゃあ、着いて来て」


 そう言って、女性はカツカツと音を響かせながら歩き出す。女性ヒールなのに歩くのが速い。駆け足で女性の横に追いつく。


 「因みに名前は?」


 「ん?あーーー、千明」


 「千明君ね。私は優菜。今年で27だから敬語使えよー?」


 「分かりました」


 広場の街灯が照らす道を歩く。今日の夜空を照らすのは三日月だ。

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