凍る季節を巡らせて

ちゃもちょあちゃ

第1話 旅行

 桜の花びらが地面に落ちている。少し前まで咲き誇っていた桜は、午前中の大雨で散ってしまった。花びらは汚れた雨と靴で地面に押し付けられる。午前中の雨が嘘のように晴れた空。手に持つ傘が場違いな快晴。咲いた花の香りに誘われて、視線を差し出すと蝶が蜜を吸っている。この花達には雨がご褒美だったのか、いつもより美しい気がした。


 そんな美しい世界で、心は荒んでいた。死にたい。空模様とは真逆の考え。別に何か死にたくなるような出来事があった訳ではない。些細なことの積み重ねだ。塵も積もれば山となるを最悪の形で実感する。この感情は頭の中にずっと住み着いている。


 いつから死を視野に入れるようになったのだろう。考えれば考えるほど過去に遡っていく。大学生になった時?高校生の時?まさか中学生の時から?こんなくだらない思考に付きまとわれるのに疲れたから死を選択することにした。


 世界で一番落ち着けるはずの自室のベッド。そこで横になっても胸の鼓動は止まらない。耳につけたイヤホンから流れる音楽すらかき消す。不安が頭を一瞬でも通過すると鼓動は速度を上げていく。人生にワクワク以外の鼓動は必要ない。


 1人が好きな癖に死ぬ時に1人なのは嫌だと思ってしまった。誰かに、誰でもいいから。たった今、この世からいなくなったのが僕だと知って欲しい。


 その思いからSNSで一緒に死んでくれそうな人間を探すことにした。あるワードを検索にかけると驚くほど多くの投稿が見つかる。その中から、自分と同じように誰かと死にたがっている人間を探すのは容易かった。連絡を取った相手は東京に住んでいるらしい。死ぬのにオススメの場所があるらしいので、東京に来て欲しいとのことだ。迷いはなく快諾。どうせ死ぬなら生まれた場所から少しでも離れたいと思った。


 金曜日の夜に会う事が決まった。今日から3日後だ。長いような短いような。自分の寿命の終わりが予約済みになった。空っぽな日々はあっという間に過ぎた。この時間の経過の早さが嫌な事を目前にしたものと同じではない事を願う。


 もう全部終わるんだから親に何も言わずに出て行く事も出来た。それでも黙って家を出ることは出来なかった。金土日で東京に旅行に行くと伝えた。普段は家に篭っている事が多い僕の言葉を疑うこともせずに見送ってくれた。


 いってらっしゃい、気をつけてね。


 普段出歩かない僕の1人旅を嬉しがるような、それでも1人で大丈夫なのかと心配するような、喜びと不安を抱えた声と表情で送り出される。最後に貰ったこの言葉が頭を離れない。新幹線のスピードでも、振り落とす事が出来ずに東京まで連れて来てしまった。集合場所の駅前の広場に到着する。約束の時間は22時。現在の時刻は10時。約束の時間まで12時間以上ある。


 広場のベンチに腰をかける。広場には桜が咲いていた。駅前なだけあって人通りは多い。ただ周りを歩いている人間は誰も桜を見ない。地面に落ちた花びらに目を向ける事もなく、靴で踏んで歩き続ける。


 周りの景色とスマホを交互に見て時間を潰す。広場を駆け回る小さな子ども、犬の散歩をする人。みんな動いている。みんな笑っている。近くのコンビニでお昼を買う。300円くらいするおにぎりを3つ買った。東京に来る前に銀行でお金を下ろした。1日に引き出せる限度額が50万円までだと初めて知った。


 スマホを5時間くらい連続で触っていても充電は50%を切らない。都合の良いことに少し前にスマホが故障した。買い替えた時にGPSを上手く共有する事が出来なくなった。これで居場所がバレる事もないだろう。それに金土日は伝えた通りに東京にいるんだ。日曜日を過ぎてからの連絡は怖いが大丈夫。それまでにはこの世とおさらば出来ているはずだ。


 約束の時間まで10分。辺りはすっかり暗くなり、人通りもほぼないと言ってもいい。春なのに夜は冷えて、薄着で来てしまった事を後悔する。スマホの充電も流石に減ってきて、使うのをやめて俯いて目を閉じる。今日の服装は相手に写真を撮って送っておいたから気付くだろう。


 「すみません。餅つき雀さんですか?」


 SNSに登録してある名前を呼ばれて目を開けて視線を上げる。

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