第5章 あやかしだと言われても<3>

 今一度確認したい、ときた。


「なによ、バケネコ。あたしらを止める気」


 愛莉紗めりしゃの言に、先に反応したのは言われた相手ではなかった。


「え、メリさんも行く気なんですか?」


 驚き返っている天風てんぷうに、愛莉紗が立ち上がってはなぜか胸を張る。


「当然よ、というかあたしを置いていくつもりだったの」

「だって危ないですよ。なにせ、僕の腕はこれです」


 天風が差し出す左腕は一見において普通と変わらない。希愛のあが連れていかれると同時に鉄腕と鉄脚は回収されてしまっていた。現在は一般に流布する義手義足をはめている。


「だから一緒に行くの」


 愛莉紗の言葉は嬉しい。だけど天風が躊躇するのも当然だった。


 目指す先はシティの外だ。さほど離れていないとはいえフロンティアとされる地域だ。特務隊とくむたいは要請なしで勝手に踏み込んではならない。


 況してや特務隊に所属の天風が任務ではなく個人でいこうとしている。規則に引っかかる部分があるかもしれないし、世間的にみれば非難を浴びる行動だ。


 それでも三毛猫ニンがもらした情報にぐずぐずしていられない。


 ラーデはまだ存在している。人工武装機器による人造人間開発研究施設は森奥深くに再建されている。三毛猫ニンが希愛と出会った場所は、そこからそう遠くない地点であったらしい。


 天風が施設における生活を思い出せば、居ても立っていられない。もしかしてラーデへ連れて行かれるようなことがあったら、と考えればおとなしくなんて出来ない。


 迷惑がかかろうが、情報なら本部長だ。まだ自分は特務隊を辞してはいない。


「本当に行くつもりじゃも」


 三毛猫ニンが再び確認をしてくる。そういえば天風も愛莉紗もまだ答えていなかった。


「当たり前じゃない、バケネコに言われるまでもないわ」

「うん、行く。僕と同じ想いは希愛に絶対して欲しくない」

「覚悟は立派じゃもが、本当に状況はわかっておるじゃもか?」


 なによ、とする愛莉紗の反発は今までのなかで一番に弱い。

 天風はずいぶんすっきりした頭髪へ手を当てながらだ。


「そう、そうか。下手すれば僕だけじゃなくメリさんもここにはいられなくなるかもしれないです」

「わかっておるようじゃもな。今回の件はトキオシティの権勢を握る者の力添えがなければ行えない点がいくつもあるじゃもな」


 なーんだ、と呆れたような声が上がった。

 不思議そうに天風と三毛猫ニンが愛莉紗へ目を向ける。

 腰に手を当てて胸を反らしている姿勢は、天風が初めて出会った時を想起させた。


「為政者が裏でしている碌でもないことに巻き込まれるなんて、何度も経験ずみよ。あたしを誰だと思ってるの、何度も転生を繰り返している悪役令嬢なの。酷い結末なんて、いつものことなの」


 天風が感激せずにいられないとばかり叫ぶ。


「カッコいい、カッコいいです、メリさん。綺麗なだけじゃないなんて、凄いです」


 そ、そぉお? と却って気圧けおされる愛莉紗である。


 天風殿らしいじゃも、と三毛猫ニンが感心頻とくる。


「余計なことを訊いただけみたいじゃもな。ならお詫びとしてニンも付いていくじゃも」

「別にバケネコなんて役に立たないから、いいわよ。冷蔵庫に今晩の晩酌分あるから、家でおとなしく食って飲んで待ってなさい」 

 

 ばっさりとした愛莉紗の口調も、今回は笑う三毛猫ニンだ。


「お気遣いはご無用じゃも。これでもニンは人間並みに知能が働くじゃもから、いざの際は盾になりますじゃも」

「でも、ほら、ニンじゃもは小さいですし、メリさんの言う通り家にいたほうが安全です」


 天風がする妻役の意見を支持する意見に、しゃべる三毛猫は首を横に振った。


「所詮はか弱き猫の姿なれど、銃弾一発くらいの身代わりにはなれますじゃも」


 充分な覚悟が伝わってきた。


 しょうがないわね、と愛莉紗が息を吐き受け入れている。

 本当にいいのですね? と再度念を押す天風は立場を入れ替えた形だ。


 答えが変わるわけがない。


 返事を聞いた愛莉紗は三毛猫ニンを抱きかかえた。それから夫役へ尋ねる。


「やっぱりまずは、あの怪しげな天風の上司のところ?」

「はい。第七分隊庁舎へいきます。本部長に会うかどうかは、実際の様子を見て決めましょう。それより僕としては武装プロテーゼを回収したい」

「わかったわ。あたしがいれば装着もすぐだしね」

「お願いします。そっか、この作戦って僕一人だったら効率悪すぎて、まずいじゃないですか」

「そういうこと。あたしがいなきゃダメってことね」


 はい、と天風の快い返事だ。

 ふふっと愛莉紗が笑う。

 女房の尻に敷かれることはこのことじゃも〜、と三毛猫ニンで口走っている。報いは妻役から「余計なこと、言うな」と窒息寸前の首絞めであった。


 こうして夫婦と一匹の滑り出しは順調だった。

 ただし障害は予定していた地点より早く遭遇する。


 第七分隊庁舎を視認できる人気のない広場を横切っていた最中だ。

 行く手を遮る人影が出現する。


 それは天風が知る人物たちであった。

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