第5章 あやかしだと言われても<2>

 ラーデ。正式名称は、人工武装機器を中心とした人造人間開発研究施設。現在の特務隊とくむたいにおける『人工器官研究部門』の前身機関に当たる。


 と、するのは建前だ。


 実際は表沙汰には決して出来ない非人道的行為が繰り返されていたため、特務隊に吸収といった体裁で秘密裏に処分されていた。


「名前からして天風てんぷうが付けていたプロテーゼと関係ありそうな気がするんだけど」


 愛莉紗めりしゃの推察に、天風の反応は相も変わらずだ。


「そう、その通りです。現在ある武装プロテーゼの開発はほぼ全てと言っていいくらいラーデがしたものです。メリさんは鋭いです」 


 ほめすぎよ、と言いながら満更でもない愛莉紗へ、三毛猫ニンが伝える。


「で、そこの生き残りが天風殿じゃも」

「……生き残りって、どういうことよ」


 声が潜まる愛莉紗に、三毛猫ニンは口調は相変わらずで答えた。


「その研究施設に収容された者のなかで数少ない生き残りの一人が天風殿じゃも」


 愛莉紗は名の挙がった夫役を務める人物を見つめる。

 立ち上がっていた天風がたじろいでいる。あははは、と慌てるように笑って見せてくる。


「ちょっと大変でしたけどねー」

「天風は自分が辛かったこととなると、ごまかしにかかるわよね」


 正確に指摘をされても、急には変われない天風だ。なんとか話しを逸らそうと、あたふたしてしまう。愛莉紗にそっと鋼鉄の左手を取られなければ、言い訳めいた言動を取っていただろう。


「あたしの前では隠さなくていい。というか、隠せないわよ、天風ごときじゃね」


 そう笑って見上げる妻役の笑みは心を開くに充分だった。


 肩を震わせた天風は泣く寸前の声で語る。


仆瑪都ふめつくんや渓多たにたのおじさんたちに助けられるまで、辛かったです。実験実験で苦しかったのもあるけど、何より周りのみんながいなくなっていくのが本当にもう……誰か助けて欲しいと、ずっとそう願っていました」

「そうか、だから天風は任務であんなに頑張っちゃうわけね。助けたい、て」


 ああ、と天風は仰ぐ。視線の先には白い天井だ。

 家族に捨てられ、手足を失い、大人たちの意向に従う日々で充てがわれた部屋で見上げた天井と同じ色だ。けれども……ここには待つ人がおり、帰ってきたい場所だった。


希愛のあだって、帰ってきたいはずですよね」


 顔を降ろした天風が愛莉紗と三毛猫ニンを見渡しながらする確認だ。


「あの娘がさ、あたしのご飯を食べている時、たま〜に、ほんのたまにだけど笑うの。ぜったいにうちにいたいはずよ」

「そうですよね、あれが本心なはずないです」


 特務第二分隊に囲まれた際だった。

 希愛は危険なあやかしだから引き渡すよう要求されても、天風はうなずかなかった。率いる分隊のチーフである渓多柊惺たにた しゅうせいは大恩のある人物だ。昔から知る為人ひととなりだ。だからこそ感じ取れる。

 これはこの人にとって全うしたい任務ではない。

 だが相手は長年に渡りトキオシティを守護する精鋭部隊を指揮してきた人物なのである。甘くはない。天風の態度から不穏なものを看取れば、遂行へ邁進するだろう。


「第三、第五の戦闘員にも動員をかけてある」


 特務第二分隊チーフの告知と共に黒い戦闘用スーツに身を固めた者たちが一斉に銃を構えた。完全に取り囲まれていた。


 くっと天風は歯を喰いしばる。

 自分だけだったらいい。胸に抱く希愛までなら守り通せる。けれど愛莉紗までは無理だし、個人的所用でやってきた栞里しおりは武器を携帯していない。全方向から射撃されたら庇いようがなかった。


 ついと栞里が前へ出た。


「渓多チーフ。これはどういうことですか。同じく特務隊とする、しかも第七のチーフ及びその部下に対して一言の見解を述べさせないまま銃を向けるなど横暴極まります」


 強く主張する普段着の彼女はキャンパスライフを謳歌する女子大生といった風情がある。だが口を開けば特務隊に配属されるだけの猛者たる雰囲気を放つ。現に周囲の戦闘員たちの攻撃的な空気が一時的にせよ止まった。


 以前と変わらぬは指揮する分隊チーフだけである。詩加波うたかわだな、と呼んだ。 


「妖と知りながらメンバーに招いて悲劇を起こした第四分隊の例もある。そして私もかつて経験したことだ」


 だからって、と反駁しかけた栞里を無視して渓多チーフは天風へ視線を向ける。

 正確には希愛に鋭い視線を送りながら、淡々とした口調で告げる。


「実習とはいえ両親は優しいだろう、だがそれは今だけだ。所詮は血の繋がらない子供など、いつかは面倒になる。縁もゆかりもない子など邪魔ものとして扱いだしたとしても不思議ではない」


 なにを言うのですか! 天風は激しく上げた。いくら相手が恩人であり仆瑪都の父親でも言われ放題させられない。そんなことはない、と叫びかけた。


 いきなり希愛が嫌がるように抱きかかえる天風の顔を押した。

 力負けではなく、驚きで離してしまう。

 小さな身体が跳ねるように地面へ着地する。とことこを走りだす。


 天風へ、背を向けて。 


 呆然自失するなか、無意識のうちに呼んでいた。


「……希愛」


 すると振り向く幼いつぶらな瞳が今まで目にしたことのないような色を宿していた。

 憎悪に満ちた、闇の深淵へ引きずりこむような暗い色だ。


 それから罵詈雑言を放つ希愛の姿を、天風は一瞬だって消せなかった。

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