第4章 説得だと言われても<2>
誰と知れない助勢が
多少の無理はフォローされる状況になっている。
ライフルの射撃音に、謎の参入者は三人もいるようだ。
鞭に引かれ立ち上がる格好となったジェヴォーダンの顔面周辺を弾丸が当たっている。注意を逸らす意図は明白であった。
致命傷を与えるため、剥き出しになった腹へ刻まれた傷跡を狙う。強烈な一撃を叩き込む。理に適った作戦だ。
冷却しきっていない鉄腕はオーバワークで砕けそうだ。もし倒せなかったら、武器でもあり盾でもある左腕を失って危険な状態へなる。それでも結果を得られると信じてやるしかない。
決意を固めて天風は左の鉄腕へ力を込めかけた。
脇を、一陣の風が吹き抜けていく。
正確には驚くほどの素早さで人影が駆け抜けていく。
四人目が現れた。
同じ黒の戦闘服を着用する小柄な人物だ。肩にはロケットランチャーを抱えていれば、脚力は大したものだった。
綺麗なスライディングを決めている。滑っていく先はジェヴォーダンの正面へ当たる。潜り込む体勢のまま止まれば、発射筒が火を噴いた。
轟く爆炎が一帯を覆い尽くす。
射った戦闘員がロケットランチャーの砲身を降ろす。
「やったやん」「ざまーないぜ」
まだ姿は確認していない男女の勝ち鬨も聞こえてくる。
やった、と天風も思った。
しかし爆発によって宙まで上がる砂埃の中から聞こえてくる。
獣の雄叫びがあった。
爆炎が一気に振り払われれば、巨大な狼にも似た姿が現れた。
ジェヴォーダンは腹の傷を広げていたものの、トドメとまでなっていない。
より血を流したせいで凶暴に滑車がかかったようでさえある。
狂ったような鳴き声を上げて、前脚を振り降ろす。いくら戦闘用スーツでも切り裂くであろう鋭い爪がロケットランチャーを手にする戦闘員へ向かっていく。
天風は咄嗟だった。
まだ熱がこもる鉄脚を作動される。力をこめて大地を蹴った。
右脚は砕けながらも、びゅんっと鳴るほど身体は飛んでいく。
爪の餌食になる寸前でロケットランチャー所持の戦闘員を右腕で抱く。
そのまま敵の腹へ向かっていく。
ファイヤーナックル! 入力ワードを叫んだ天風は左腕を突き出す。
灼熱の鉄腕が押しつけた箇所は腹から背中まで穴を穿つ。
ジェヴォーダンが空まで届くかのような断末魔を上げた。
同時に天風の鉄腕も亀裂が走る。硝子のごとく砕け散っていく。
支えをなくした絶命のジェヴォーダンが巨体をもって覆い被さってくる。
どぉっと砂埃と上げて倒れた。
ようやく
「大丈夫ですか」
安否を尋ねてくる声には聞き覚えがあった。誰か、よく憶えている。
「はい、無事です。ご心配をおかけして申し訳ありません、
頭の先から爪先まで血塗られた天風が明るく答えた。右腕にしたヘルメットを被ったままの戦闘員も同様に全身が赤く染まっている。
ヘルメットは投げ捨て精悍な顔を露わにした胡奕が狼のような巨体へ乗っかって駆けつけていた。腹の部分に埋まる天風たちを、穴を覗き込む姿勢で確認している。
「さすがですね、第七分隊チーフは。自ら開けた敵の傷口へ過重から逃れるため飛び込むとは。素晴らしい判断です」
「でもおかげで血だらけです。加えて右脚と左腕がなくなって身動きなりません」
「ならば以後の任務は我々が行うとしましょう」
軽口にも近いやり取りの後に、「ソーヤー」と胡奕が呼んだ。
新たに覗き込む顔はブロンド髪をした白人女性であった。
「ハァ〜イ。初めまして、隊長さん。今すぐ引き揚げるから、少し待つね」
唸りを上げて鞭が飛んできた。
天風及び片腕に抱く戦闘員の胴体を一緒に巻きつける。
我慢しようとしたもののだ。イテッ、と天風は思わず上げてしまう。
「ありゃ〜、すみませんね〜。ワタシの鞭、いつも敵をやっつけるためだけに鍛えているから、加減がイマイチね」
笑いながらの弁明に、胡奕が渋い声で訊く。
「ロススト・ソーヤー。貴女の配属希望のアピール項目に、操る鞭は人助けにも役立つとありましたが」
「ああ、あれね。役立つは役立つよ。ただ形はどうかなんて、細かいこと気にしちゃ、いけないよ」
どうやら人命救助用の操作は怪しいらしい。締め上げてくる鞭に諦めることにした天風だ。
おい、手伝おうか、と先ほど聞いた男の声がする。
二人くらい余裕よ、と答えるロススト・ソーヤーが持ち上げるため鞭を引く。
天風は我慢した。
上昇していく分だけ、巻き付く鞭が締まっていく。気を失っている相手を右腕でかばっていれば、より喰い込んでくるようだ。なんだか拷問に近い。
だからようやくジェヴォーダンの体内から引き揚げられれば、「はぁー、助かったー」とマジで呟いた。
「今度は縄梯子を用意しましょう」
察しがいい胡奕である。
ヒドいこと言ってないかね、とロスストは耳ざとい。
胡奕は流すというより相手にしない感じで天風へ訊いてくる。
「ところでチーフが助けた戦闘員は大丈夫そうですか」
「はい、気を失っているだけだと思います。僕がいきなり出力を上げたまま
「いや、あの場合は仕方がないでしょう。むしろまだまだ鍛え方が足りないですね、彼女は」
誰の目からもわかるほど、きょとんとした天風だ。
「彼女って、この方は女性だったんですか!」
力一杯に驚けば、褐色の肌をした筋骨隆々といった戦闘用スーツの男が豪快に笑ってから言う。
「隊長さん、それはないってもんです。羨ましくなるくらい、おっぱいを押し付けておきながら女性と気づかないなんて」
おっぱい、とする単語が天風の記憶を刺激する。
言われて気がついたノーブラとする
うわっと叫ぶ褐色の戦闘員だけでなく、ロスストと呼ばれる女性戦闘員に胡奕まで驚きを隠せない。
我が身を魍獣の血から鼻血で塗り替える天風なのであった。
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