第4章 説得だと言われても<1>
先日の死闘によって、本日は休息と取れ! となった。
一旦落ち着いて考えたほうがいいだろう、とも言われた。
休みを言い渡した
少し遅めに起床した天風がリビングへ向かえば、キッチンで作業をしている
おはようの一言を投げて、
どうやら外へ遊びにいったらしい。いい傾向よね、と愛莉紗が穏やかな調子で付け加えてくる。
天風だって同意見ではあるものの、不安もまた胸によぎる。
「大丈夫ですか、危なくないですか、かわいい娘だから誘拐されたりしないでしょうか」
矢継ぎ早に示される心配性には、苦笑で応答された。
「娘を溺愛するパパぶりは悪くないけれど、あまり度がすぎると嫌われるわよ」
そうですか! と思わず張り上げた天風だ。父親の役目として当然持つべき懸念だと信じ込んでいた。でも言われてみれば確かに外出を嫌がっていると取られてもおかしくない。拘束がいきすぎた毒親と思われてしまうかもしれない。
……きらい……、と希愛に言われる場面が脳内に巡れば、天風は頭を抱えた。うわわわあー、と言葉にならない動揺を表す叫びを上げた。
愛莉紗が笑っている。ほらほら、と困ったものである夫役をテーブルに着くよう急かす。
「いちおうバケネコも一緒にいかせたから。そこそこは頼りになると思うわよ」
なら、と少し気を落ち着ける天風だ。酒癖は悪いものの、しゃべりは達者だ。知能がある化け物で良かったです、失礼と言える評価を口にしつつ椅子へ腰掛けた。
お昼が近いから軽くね、と言われて出された朝食はスクランブルエッグのトーストに珈琲だった。宿舎で一人暮らししていた頃では考えられない、暖かな食事だ。おいしいです、と感激を隠しきれない。
愛莉紗はまるで自分が美味しいような表情で見つめてくる。
まさかこれほど上手くやっていけるとは思わなかった、とする仆瑪都の声が聞こえてきそうだ。天風と愛莉紗に家族実習を勧めた当人の想像を上回る順調ぶりなのである。
だからこそだった。
直接の上司である仆瑪都は、天風の希望を頭から否定しないが注意を喚起する。その決断が家族の解体につながるかもしれないこと、妻が去るとする選択肢も充分にあり得ることを。特に実習中であれば、別離の結論は簡単だ。実習が終息を迎えてしまう過去の事例をなぞる可能性は大いにある。
説明を受ければ、天風は確かにと納得した。まずはちゃんと相談しよう、と思う。
朝食を平らげたところで、改まった。メリさん、と呼ぶ。
ただならない気配を察したのだろう。
「どうしたの、天風。怖いくらい真面目な顔して。ケチャップが口に付いているから、ちょっと笑いそうになっちゃったけど」
余裕ある口調で指摘してくれたおかげで、天風は急ぎナプキンで汚れを拭えた。もし愛莉紗に不穏を感じ取った素振りがあったら、真っ赤になって慌てふためくまま言いたい事柄をどこかへ置いてしまっただろう。
冷静に胸に溜めていた決意を告げられた。
「僕は特務隊を辞めようと思っています」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天風が賭けたのは、一撃の威力だ。
高く舞い上がることで降下の勢いをつける。気迫の全てを込め、鉄脚の威力を最大限にする。照準が定まったところで、ヒバシラキック! と音声入力だ。
右の脚は炎をまとうかのように赫くなる。まさに火柱と化した武装人工器官の足だった。
ウィンダム三類とされる樹木の
そのままもう一匹の魍獣である狼系のジェヴォーダンへキックを見舞う。
青空へ届きそうな甲高い咆哮は、鼻面を持っていかれたことに起因した。
いけた、と天風は思った。これで家へ帰れる、愛莉紗や希愛に変な三毛猫と再び会える。
巨大な狼にも似た魍獣が向かってきていた。血を噴き立たせながら退がる様子はない。
なぜだ! 考えている暇はないと承知しつつも天風は疑問が鎌首をもたげる。
即死とまでいかなくても、放っておけばいずれ命が果てる。戦意喪失させるほどの手傷を負わせた。なのに今回対したジェヴォーダンはますます猛っている。涎を混じえた血を吐きながら駆けてくる。狂気の沙汰としか思えない。
たった今、渾身の力を振り絞ったばかりの右の鉄脚は技どころか跳躍の機能すら働かない。左の鉄腕の冷却は途中であり、ジェヴォーダンを倒すには程遠い威力しか出せない。
だけど……、今の天風に諦めるという選択はなかった。
相手は顔面に大きな傷を負っている。そこへ目がけて鉄の拳を叩き込む。
少し左足を下げて、勢いがつくように左腕を構える。
危険は伴うがジェヴォーダンの喰らいついてくる瞬間を狙った。
奥歯しかない口が広げられる。間近まで迫ってきた。
不意に、だった。
銃撃音がする。
ジェヴォーダンの顔へ、弾丸が当たる硬い響きが立つ。
魍獣の足が止まった、と思いきやだ。
血反吐を吐きながら上げる潰れた咆哮と共に突進しだした。
狂気に堕ちたジェヴォーダンの首に巻き付く縄があった。
ヒュルル、と空気を裂く音を立てながら特製の革と思しき丈夫さで、がっちり捉えている。
「いーかげん、しつこすぎるね」
知らない女性の声がする。
えっ? と不審がる天風の目前にいるジェヴォーダンはなお前進を試みていた。鞭で首を絞められても前進をやめようとしない。
「しょうがねぇ、手を貸すぜ」
またも知らない声は男のものだった。
ようやくジェヴォーダンの突進が止まる。鞭で絞められた首が引かれていく。顔が引き上げられれば、四肢で歩行する身体は立つ格好となった。
丸出しとなった腹に大きな火傷の跡がある。
間違いなかった。天風が一度は退けたジェヴォーダンだ。腹に鉄脚を押し当てて放ったヒバシラキックがつけたダメージだ。
公園の少女を匂いからつけ狙い、希愛を咥えていた魍獣だ。
絶対に、倒さなければならない。
無茶は承知で闘志を燃え立たせた天風の横を通り過ぎてゆく。
風のようにすり抜ける人影があった。
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