第3章 あやかしじゃないと言われても<6>
真剣な眼差しに、緊張の面持ちで応えた
「うん、覚悟はデキてます。僕、がんばります」
「大袈裟な言い方になるかもしれないけれど、これはあたしたちの未来がかかっているのよ」
物々しい
ばっと上掛けを投げ捨てた愛莉紗は、「いくわよ!」と勢いよく号令を発した。
どんっ! とテーブルに置かれた。
深い茶色の瓶にラベルが巻き付く形で貼られている。格式を示すかのように漢字を筆文字で表すロゴが大きく踊っている。
じゃもー、と椅子の上に立ってテーブルへ前足を乗っけた三毛猫が歓喜の声を上げた。
「これは東のフロティアで
「えっ、大変なのですか?」
同じテーブルにつく天風の質問に、ニンは猫のくせに立ったまま腕のように前足を組む。
「市販流通しない名酒じゃも。通販もしていなければ、卸している店を探し出すだけでもすごいじゃも」
「あんた、よく知っているじゃない。バケネコだけあって、ろくでもない知識は豊富にありそうよね」
褒めていない愛莉紗の言葉に、普段ならニンは反駁している。が、名酒を前にすれば従順だ。
「早う、はよぉうー、呑ませてくれじゃもー」
願いはただ一つといった感じである。
にやり、と愛莉紗がする人の悪い笑みだ。一筋縄でいくような女性ではない。
「あのさ、これ天風の体質改善のためのものなのよね」
どうやら愛莉紗は天風を昔から知る
「つまり天風は感情の動きに慣れていないわけよ。プロテーゼ装着の副作用もそこに原因が求められるかも、という見解へ至ったの。そこでよ」
一旦場を離れた愛莉紗は冷蔵庫を開ける。戻ってきた際には小さなグラスを並べた。冷やしてあったことは確認するまでもない。
「興奮じゃなくて、まずリラックスを覚えましょう。お風呂に入るのも面倒になるくらい、いつも出動に備えていたわけじゃない。いくらあたしらと実習を始めたからって、そう簡単に気持ちの持ち様は変えられないでしょ」
「わかります、わかりますじゃも。人生至高の気分をもたらすのは酒じゃもの、さぁさぁ呑むじゃも、ぐいっと皆でいくじゃも」
勇む三毛猫ニンに、「ホントに好きなのですね」と感心している天風だ。
しかし愛莉紗が、とくとくとくと注いだグラスは一つだけである。
じゃもー! と悲痛な叫びを上げるニンだ。
「ニンの分は、ニンの分もじゃもー」
「じゃもじゃも、うるさいわね、バケネコ。これは天風のためのものなの。聞いたところによると、これまでアルコールを口にしたこともないのよね?」
ニンを一喝した後に向けられた愛莉紗の確認に、「はい」と答える天風だ。
「だからちょっと緊張してます」
「わかった、バケネコ。ちょっと待ちなさい」
じゃも〜、と三毛猫のニンは今度こそおとなしく引き下がった。
まず匂いから入ってみて、とする愛莉紗の指示に従った。
くんくんと天風は嗅ぐ。いつの間にか横に来ていた三毛猫ニンも一緒に鼻を鳴らしていた。
「なんと、香りだけでも名酒と呼ばれるだけあるじゃもな。まさしく
「それはほら、香りから入るよう狙って選んだ……ちょっと、なんでバケネコが割り込んでいるのよ」
身を乗り出した愛莉紗は三毛猫ニンの首根っこを押さる。掲げる際はさらに力を込めて締め上げているようで、「ギブ、ギブじゃもー」と苦境の訴えがリンビングに響いた。
あははは、と天風が笑っていたらである。クラッときた。
目が泳ぐ程度であったが、愛莉紗は見逃さない。つかんでいた三毛猫を放り出しては、テーブルに両手をついた。
「大丈夫? やっぱり香りだけ酔っちゃうか」
「だ、大丈夫です。すみません、メリさん。心配かけちゃって」
「そういう気は使わなくていいのよ」
と言って、天風へ痛くないデコピンをかました。
「あんまり畏まるのも良くないわね。楽しい晩酌のノリで、徐々に慣れていきましょう」
愛莉紗は宣言通り天風のグラスを水で割り、自分と三毛猫ニンの分もそそぐ。おつまみとしてビーマンの塩昆布和えを出してきた。
乾杯ね、と愛莉紗が言っている隣りで擬音が響いた。
ぷは〜、と呑みきっていた三毛猫ニンである。おかわりじゃも〜、と呑気にご所望である。
ふっと息を吐く愛莉紗だ。天風でもわかる。これはどう見ても怒っている。
数秒の後に、椅子ごと縄で括り付けられた三毛猫ニンがいた。
「あんた、今晩はずっとあたしらが呑むの、見てなさい」
無体じゃもー殺生じゃもー呑みたいじゃもーと大声で騒ぐ三毛猫へ、愛莉紗が吐き捨てていた。
またも込み上げる笑いが出かかったところで天風は気がついた。
リビングの隅に希愛が立っている。騒ぎすぎて起こしてしまったか。ごめんごめん、うるさかったです、と謝りながら天風が近づいたらである。
「……のあ……も……」
えっ? となる天風に対して、愛莉紗のほうはすぐに理解した。少しだけよ、と注意しながら、ブルーベリージュースをそそいだコップを希愛に手渡した。
親子とする三人がテーブルに着けば、愛莉紗のする「乾杯」によって三つのグラスがかち合う。
天風の心へ染み渡る澄んだ音色であり、初めて見た娘の笑顔とそれに優しく微笑む妻の姿は宝物となった。
だから諦めていいはずがなかった。
もっともっと宝物は増やしていきたい。
あまりに不利な状況だ。
けれども捨て身となって戦うではない。
帰るために立ち向かうのだ。
迫り来る魍獣の二匹へ突き進み、ジャンプする。
天風は気迫の全てを右の鉄脚へ込めた。
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