第3章 あやかしじゃないと言われても<5>

 獣系統の魍獣もうじゅうなら強烈な一撃を入れれば戦意を失うはずだ。少なくとも場を立ち去り、再訪は後日改めとなる。

 強い相手にリベンジなどといった行動は決して取らない。

 動物的な本能が働き、勝てなければテリトリーとする場所まで逃げ帰る。強烈に横面を叩いた狼に近いジェヴォーダンなら山奥深くへ引き揚げる。過去の事例に照らし合わせても例外は見当たらない。


 なぜか森林を抜け出たところにいた。まだ鼻面の横についた傷の生々しさが、つい先に天風が退けた相手と知れた。


 まさか待ち構えていた? 

 ふと天風に過ぎる考えは、普通はあり得ない。判明している魍獣各種の特徴から生態まで頭に叩き込んである。だがおかしな行動は前方に立ち塞がる相手だけではなかった。


 ヒュンッと背後から聞こえてくれば、それこそ天風は本能的にだった。

 咄嗟に避ければ、元いた地面を鞭も同様な蔓が叩いている。


 驚くべき事柄は、次の瞬間に待っていた。


 横へかわしたタイミングで鋭利な爪先が降ってきた。

 連携と言える攻撃に、なんとか致命傷を避けるが精一杯だ。爪が深くまで届かなかったものの、戦闘服は肩から腹にかけ裂け血を滲ませている。間一髪のところでしのげば、着地した右の鉄脚で生足では出来ない跳躍を果たす。


 だいぶ距離を空けた場所まで下がったが、天風に一息すら吐かせない。意外な状況がさらに展開していたからだ。

 ウィンダム三類とされる樹木系魍獣と、ジェヴォーダンと呼称される野獣系魍獣。お互いが本能に基づく行動を取るため、相対せば敵対する。天風として鉄腕の冷却に時間がかかりそうであれば、鉄脚のみだ。一体なら倒せる。だから魍獣同士が対決することで、一方が残るか、もしくは鉄腕の回復まで時間が稼げるか。そこへ賭けていた。


 ウィンダム三類にある樹木とジェヴォーダンが向いた。天風へ足並みを揃えて突撃してくる。

 そんなバカな、と天風が思わず独り言をこぼす出来事だった。

 魍獣同士が共闘するなど考えられない。選りによって樹木系と野獣系が息を合わせるなど、これまで例がない。


 だが今まさに、現実として直面している。

 多数の蔓と枝が伸びてくる。逃げる方向は右手側となったところへ、刃に等しい爪が襲ってくる。まるで意思疎通しているかのような攻撃ぶりだった。


 どうにか鋼鉄の左腕でジェヴォーダンの爪から肉体のダメージは防いだ。

 ただし代償に盾となった鉄腕へひびを走らせてしまう。攻撃機能を働かせて灼熱化させたら損壊を起こすだろう。役に立たなくなってしまった。


 天風の攻撃技は、あと一つしかない。

 本来なら出力を緩めて連続で繰り出したい。危険と思わせるだけの威力を発揮すればいいはずだった。けれども目前にしている二匹の魍獣に威嚇は通じない。鉄脚は一撃必殺とするキックの体勢を取るから、横槍に相当する襲撃の対応において敏捷さが欠ける。


 これまで天風が経験したことのない窮地へ陥っていた。

 ちっくしょ、とさらに後方へ飛び退いた先で悔しさを吐露した。それだけ状況は悪い。


「……もう、ここまでかな……」


 しつこく追って来る二匹の魍獣に、天風は表情に自嘲の笑みを滑り落とす。

 他では見られない人工器官プロテーゼによる武装が成功したから就けたチーフの地位だ。皮肉にも家族に売られたおかげで誕生したサイボーグだ。シティの市民だけでなく、時にはフロティアの住民も守れる力だ。


 自分はみんなの役に立つ! そう思うことで頑張ってきた。


 けれど敗北を自覚したことで気づく。


 魍獣を排除できない自分に何の価値があるのか、と。


 通常の義手義足で世の仕事をこなしても良かった。社会に役立つとは、特別な何かをすることではない。むしろ表沙汰にならない地道な業務こそ、誰かを支えていると言えないか。

 本心は、他人なんかのためではなかった。自分を喰い散らかしたあやかしに対抗したくて強化してきただけだ。


 周囲だけでなく自身にも格好つけてきた報いを受ける時がきたのか。

 ピキッと亀裂の入る音がした。

 天風は左腕を掲げれば、ひびは広がっていく。いよいよダメになったか、と苦笑しそうになった時だ。


 暖かい、とする声が耳に甦った。


 初めて我が家に来た夜、子供ベッドへ寝かしつけたら小さな手が伸びてきた。天風の鋼鉄製とされる左手がつかまれた。


 どうしたの? と天風が尋ねたらである。


「……こわい……」


 鋼鉄の腕を離さないベッドの中の希愛のあだ。


「じゃ、怖くなくなるまで僕がそばにいるよ」


 うんうんとうなずいて天風は枕元の横で膝を折った。

 希愛は依然として作り物の手を離さない。


 天風は多少の苦笑を交えつつ、生身の右腕を差し出した。


「でも今、握っているほうは冷たいです。こっちのほうが安心できると思います」

「……だいじょぶ……あったかい……」


 そんなはずは、と天風は言いかけてやめた。

 横になったあどけない顔に安らぎを覚えただけではない。じんわり鉄腕を通して暖かさを感じていた。武器として装着される人工器官に感触はない。痛覚を初めとする感覚は戦闘時において邪魔になる。

 戦闘を最優先された機能しかない鋼鉄の左腕が温もりを覚えている。

 驚愕はした、けれども心地良かった。


 何より希愛が寝付いたらである。


「おつかれさん、天風」


 そう言って暖かいカフェが入ったカップを差し出す愛莉紗めりしゃの笑顔だ。


 自分の世界は変わっていた。


 天風は静かに目を開く。

 目前に迫る二匹の魍獣へ自ら向かっていった。

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