第2章 子供と言われても<6>
なんとも微妙な顔をされた。
「おい、
再度、
「はい、本部長。ちょうど家族実習中だなんて、これもなにかの縁を感じます」
堂々本心を隠し、建前をもって回答した。
家族実習を行う目的は、共同生活の体験である。利用は夫婦という形が最も多いが、子供を持つ場合とする案件もままある。親を亡くした、もしくは捨てられた孤児の処遇をどうするかは、いずれの
希望する当人たちばかりではなく、政策上の観点からも孤児院に収容する数を減らせる。個人と社会の両面から要望に応えられる事例として、身寄りのない子供を実習に加えることは推奨されていた。
もっとも天風の場合は、仆瑪都が
「あの悪役令嬢とか言っている奥方に、子供を連れて帰ることを言ってあるんだろうな」
鋭い指摘に、ようやく天風は失敗するかもしれない可能性に気づく。あっ……いえ、と返しは歯切れが悪い。
「いくら実習とはいえ、いや実習だからか。相談もなく子供を引き取るなんてしたら、出ていくと言いだされても仕方がないぞ」
「ええっ、そこまでいきます?」
そこまで深刻に捉えていなかった天風は、あたふたするもいいところだ。
上司は大袈裟に両手を広げ肩をすくめた。
「天風が戻ってくる直前に、奥方から電話があってな。不明になった子供をずっと探して、こんな時間になった。ついでに連れて帰りたいそうだと伝えておいたから」
つまり前振りとしておいたから、後は頑張れ! と言いたいようである。
天風としては妻役である
連れていく女の子がいる部屋の場所を聞いた天風は、もう一点も確認した。
「ところで
特務第七分隊チーフは部下たちの所在を尋ねた。
本部長は普段と変わりない声で伝えた。
「もう順昇は復帰ならないだろうから見舞いを急ぐ必要はないぞ。あと他の三人は死んだ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
特になにかを言われることはなかった。
女の子の手を引いて玄関に立った天風へ、迎えた方が第一声を放った。
「まず二人とも、頭を洗ってくれる」
いきなり愛莉紗がする、申し出というより命令だった。天風だけでなく女の子も逆らわない。
洗髪をすませリビングへ戻れば、敷かれたシートの上にぽつんと椅子がある。
まずそっちからね、と愛莉紗が女の子の首にタオルを巻いてケープを着用させた。椅子に腰掛けさせれば、「長いがいいとか、短いほうがとかある?」と訊いている。
ゆっくり首を横に振った女の子だ。
「じゃ、あたしの好きなように切らせてもらうわね。でも一番いい髪型にしてあげるから、安心しなさい」
近くで立って眺める天風の目に、愛莉紗が腕前を振るう姿が映る。言うだけはある手際の良さでハサミをふるい、櫛を通す。ただ綺麗なだけではない、本当に素敵な方なんだ、と改めて思う。
喜びに通じる想いが湧きあがれば、ズキンッと胸が痛む音を立てた。今の自分は幸福の感情に浸れない。共に任務をこなしてきた者たちは、もう二度と戻ってこないのだ。
「名前は?」
忙しくハサミを動かす愛莉紗が訊いている。
答えはない。
依然として、女の子は一言も発しない。もしかして口が利けないのかもしれない、と
「よし、できた」
愛莉紗は首に巻いたタオルとケープを外した。
「どーお、ずいぶん可愛く仕上がったんじゃない」
ざんばら髪から前髪多めのショートボブには、まるで別人だ。
落ち込んでいた天風でさえ、「うん、すごくかわいい」とテンションを上げていた。
おや、と天風と愛莉紗の実習とはいえ夫婦は共に揃って感じた。
女の子の頬が少し赤らんでいる。照れているのは明らかだ。
「お風呂、一緒に入る?」
愛莉紗が優しく問えば、ゆっくり首が横に振られた。そぉ、と妻役は一言だけで了承を示す。バスタブはちょうどいい湯加減にあって、後から入る人のことは考えずに使用していい、とする説明を付け加えていた。
「……のあ……」と、不意に響いてきた微かな声だ。
えっ? 天風と愛莉紗が二人揃って声を挙げた。
それは、と二人が訊く前に女の子は背を向け、トコトコ歩いていく。浴室へ向かっていった。
「あれって、やっぱり名前よね」
しみじみといった調子の愛莉紗に、天風は「あ、あの……」と言い辛い。でも黙ってもいられない。
「すみません、勝手に子供を引き取ってきてしまいました。本当はまず……」
「はいはい、もういいから、いいから。それより髪、切ってあげる。いやじゃないわよね」
選択肢はないような提言である。それでも一応は天風なり気を遣った。
「僕の頭、こんなだし。切るなんて大変でしょ。それにいつもバリカンで、ササッだから」
「なに、天風って丸坊主にしているの」
「任務に支障が出るほど伸びれば、次に切るのも面倒だから、そうしています」
くりくり坊主も見てみたい気はするけど、と笑いながら応じる愛莉紗は落ちた毛を掃いて次の準備へ入っている。天風にしても拒否する理由もない。大人しくシートの上に用意された椅子に腰掛ける。首にタオルにケープと巻かれれば、少しどきどきもする。
それからしばらくすれば涙が止まらなくなっていた。
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