第5話
「で、後任の顧問の先生は遅れてくるのかな?」
それまで相手の高校の顧問の先生に挨拶していた山瀬さんが固まった。
というか、その発言を聞いたうちの部員がみんな一旦動きを止めた。あ、うん。私が一番固まっていた。
その様子を、相手方の顧問と部員たちは不思議そうに見ている。
私はさっきから彼の視界の中に収まっていた筈だ。
確かに他の作業がやりかけてたので突然現れた相手方の先生の応対は顔見知りな山瀬さんにひとまずお願いしていた。
でも「初めまして。今日はよろしくお願いします」と軽く挨拶は交わした筈だし
彼も「はい、初めまして。よろしくお願いしますね」と返してくれてたはずだ。
周りの相手の高校の子たちも「お。お初だね。今日はお手柔らかに~」と挨拶してくれてたんだ。認知はされているハズ。
というか、周りの部員たち。みんなこっちを見るな。
相手の顧問の先生も、なんか急に変な空気になったのを察したのだろうソワソワしだした。
一緒に荷物を運んでいた湯野さんが、無言で目配せだけで「行って!」と送ってくるので私は急いで挨拶に伺う。
私は山瀬さんの横に並ぶとペコリと頭を下げる。
「こちらが後任の皆川先生です」
「挨拶が遅れてしまい失礼しました。今回顧問になりました皆川と言います。本日はよろしくお願いします」
すると相手方の先生は「あれ、さっきの新じ……え、顧問っ!?」とボソボソと喋ったあと顔を赤くして大きく頭を下げた。
「こちらこそ大変失礼しましたっ!本日はよろしくお願いします!」
ようやく挨拶を終えると、私は湯野さんのところに戻って荷物運びに戻った。
ってか、周りが静かなんだけど。キョロキョロしてたら相手の高校の生徒たちも私を見ていた。
「え、先生だったの?」「やだ、私さっき馴れ馴れしくしちゃったんだけど?」
「え?なに?」
湯野さんが言った。
「……ジャージ、失敗だったかもしれませんね」
「え、なに!?そんな変?浮いてる?先週買ったばっかりだんだけど」
「あ、いえ、そういう訳ではなく。可愛いですよ?でもその、初々しいといいますか」
「買ったばかりの新品だから仕方ないじゃない?」
「ええ、そうですよね、だから尚更……今更か。ま、今日は頑張りましょうね、先生」
「?うん。……うん?私、何もすることないんだけど?」
「あ、そうですね。じゃ、大人しくしてましょうね、先生」
「うん。……うん?」
ピーッ
ホイッスルが鳴る。練習試合は始まった。
うちも相手も縦横無尽にコートを駆け回る。
練習とはいえ、初めてちゃんとバスケの試合をマジマジと観たが敵味方が入り乱れてのスピーディーな展開に目が追い付かない。
2階から見下ろして観戦ならまだマシかもしれないが、ココは選手の控えスペースだ。真横からだとド素人の私ではさっぱりだ。
誰か解説してくれたらなぁ、と思いつつ一人パイプ椅子に座って選手たちの動向を大人しく見守る。
「っっっっっ!!」
湯野さんが倒れこんだまま、足首を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「っ!タイム!!」
私はすかさずタイムを取ると、痛がる湯野さんを控えスペースに移動させる。
患部を見ると、強く熱を持っているようだが骨は幸い平気そう。どうも捻挫のようだった。
私はテーピングで足首を固定すると、氷で患部を冷やす。
試合は後10分残っていたが、うちに控えの選手はいない。
「ま、練習試合ですから。無理する必要はないですよ。また今度ということで。それとも一人少ない状態で続けますか?」
向こうの顧問の先生が、こちらの意向を確認してきた。
スコアを見る。点差は僅差。うちが負けていたがケガさえなければどう転ぶか分からない展開だった。
それだけに悔やまれる。少ない人数では逆転できると思えなかった。
「……あの、練習試合ですし、多少ナァナァでもいいですか?」
すこし考え込んでいた山瀬さんがそんな事をアチラさんの顧問と選手たちに聞いた。
「別に構いませんよ?」
「私らもいいよ?どうするの?」
山瀬さんが、くるりとコチラを向く。
「先生、10分だけ出てくれない?」
…………。
………。
……。
…。
「え゛」
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