第2話
「好きな人ですか?」
学年主任は、持っていたお湯割り焼酎で口を湿らして思案すると答えた。
「確かいなかったはず……急にどうしたんです?」
仕事帰りの居酒屋で、その主任の返答に私は安堵のため息を吐く。
「なら、良かったです。いたらどうしようかと」
「ほう?」
私の返答に興味を示した主任は身を乗り出してきた。周りの先生たちもだ。
「では、今度は皆川先生の番です。誰の事です?」
「山瀬さんですよ」
「ああ、なるほど彼女ですか。
いや、私も少し怪しいとは踏んでたんですが……黒ですか?」
「黒ですねぇ~」
周りの先生方もそのカップリングについて検分し始める。
「……ふむ、なかなか良縁じゃないですかね?バランスも取れてそうですし」
「んー僕はギリギリかと。森田君は、何かキッカケがあればカースト上位に食い込みそうですよ?」
その先生の指摘に私は驚く。
「そんな立ち位置だったんです、森田君?」
「まあ、見た目はそれなりに良いですし、アレコレあと一歩ってところで……ああ、そのキッカケが恋愛になりえるかもですね。
ま、カーストが全てじゃないですけどね。上位に祭り上げられた子たちもなかなか大変そうですし」
カーストねー、よく分からないんだよねアレ。二人いれば優劣をつけたがるとはいうけれど、
間近で見てた感想としては上も下も大変そうだとしか思えなくて。なんで生徒たちあんな事してるだろうか。
「あ、できれば他の女子バスの子たちの境遇もいいですか?」
「今把握されている範囲でよろしければ。代わりに情報の更新があれば周知お願いします」
その結果、分かったのは残り4名に好きな人はおらず、そのうち2人は他学年の男子の想い人だという事。
そっかそっか、山瀬さん以外はみんなねんねか。……大丈夫か君たち。
先生が、飲み屋で3人も集まれば、話す事といえば恋バナである。
もちろん自分たちのではない。生徒のだ。
実際切実なのだ。あの年頃の子たちは恋愛一つで成績や素行に大きく影響してくる。
だから誰が誰を好きで誰とくっついた離れたというのは極めて重要な情報なのである。
娯楽である事は否定しない。否定はしないがこれは極めて業務性の高い娯楽なのである。
振られたとあればフォローに回り、悪い相手であればさりげなく邪魔をし、良縁であれば手助けを、影に日向に動いているのである。それが教諭である。
どこの10月の八百万神かとツッコマれそうだが、やむに止まれずなのだ、ご容赦頂きたい。
ちなみに私は化学担当なので古典や日本史は詳しくない。細かい話は良く知らない。
と、そんな情報を思い浮かべながら、駆け回るウチの部員たちを眺めていた。
「……元気だなぁ」
息を切らしながら山瀬さんが近寄ってきた。
「みのりん、最近いつも来てくれるね。いなくても大丈夫なのに」
「山瀬さん、急に座り込んじゃだめだよ?歩きながら呼吸整えてね。あ、水分はちゃんと取ってでも冷たいのだめだよ?あとあだ名で呼ぶな、先生と呼べ」
「知ってる知ってる、先生より詳しいから。急にどうしたの?」
「顧問らしい事、少しはしようかなって。せめてバスケのルールとかトレーニング方法ぐらいは知っておこうかなって」
「ああ、だから……。体育館に座り込んで本積んで何してるのかと」
座り込んでる私の横には、バスケのルールブックにトレーニング方法や指導法、作戦・戦略の本が置かれていた。
「ふふん、そのうち私が作戦を立案するかもだよ?」
そんな私の様子に山瀬さんは苦笑いを浮かべる。
「興味を持ってくれたのは素直に嬉しいよ。でも……あ、そうだ。折角体育館にいるんだし、少しやってみない、みのりん?」
「あだ名で呼ぶな、先生と呼べ。顧問だからね、実際にプレイはしないよ。私は監督とか指導する立場であって選手じゃないのだよ、山瀬さん?」
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