吾輩と朋のかくなりし日
吾輩は犬である。名前はいまのところない。
吾輩が我が朋(希望)と出会いしその晩のことである。
我ら家族の巣、すなわち家主殿からお借りしている建屋の奥。大きな鹿革を敷布とした我ら家族の寝床にて。
「わが白き愛しき末息子よ。我フレヤは汝の名をサバルカとする。」
吾輩はママンから名を賜った。由来はわからぬ。我々は狼であるがゆえに。
しかし賜ったからには、吾輩は本日よりサバルカである。
「わが灰と黒縞麗しき偉大なる母。吾輩はこれよりサバルカと名乗ろう。」
おすわり――まだ手足が短く腰を抜かしたように座っている―――をした吾輩を前に、ママンが続ける。
「また、我は汝を我が朋アイリーンが娘、ツェツィーリアの朋としてこれ薦めたい。汝いかがなりや。」
「あい承った。あなたの息子サバルカはあなたの朋、アイリーン殿が娘、ツェツィーリア嬢をぞ朋と欲する。故にあなたの息子にとり、あなたの推薦は僥倖以外のなんであろう。是非に及ばず。」
願ってもいない提案である。さすが我がママン、見る目がある。どっちをって、そら吾輩…ハイ、朋の方ですねわかります。
「よかろう。これいつわらざることなれば、日いずれば、朋のもと暮らし、縁深めることとおぼえよ。」
「あい承った。しからば次日いずるときより、吾輩は我が朋とともに育ち、暮らすことを我が毛と牙に誓おう。」
「然り。」
ママンが頷く。
これで、吾輩とあの赤子、ツェツィーリア嬢は朋として生きていくことができよう。朋とは親の推薦によりこれを成し、少なくとも、朋が吾輩を、吾輩が朋を見限り、縁を切るまではつづくことがならいという。なお、親がかかわらないことも、多々あるらしい。まぁともだちってそういうものよね。
とすれば、しばらく頷いていたママンの瞳に涙が浮かぶ。
「あのちっちゃかった…今もちっちゃくてふわふわでかわいいね…サバルカちゃんが、立派になってお家を出るのね…。ママ嬉しいなぁ。でもさみしいなぁ。」
ママンが涙浮かべる。狼って泣くんだなぁ…。
「サバルカちゃん、ママやお姉ちゃんたちはここにいるから、たまには会いに来るのですよ。あなたは気高さと賢さならば姉妹のだれにも負けませんが、やっぱり小さくてかわいいんだから、困ったことがあったらなんでもいいなさいね。困らなくてもかえってくるのですよ、できるだけ多く。なんなら毎晩でもいいんですよ。」
「ママ、吾輩は朋と暮らすと毛と牙に誓ったのです。やめてくだされ。それに吾輩は小さくない。ママや、姉様方がとくべつ大きいだけだ。いまに見ておられよ、吾輩もすぐすぐビッグで白く輝くかっこいい狼になりますぞ」
ママンなど、立ち上がったときの高さが1m、鼻から尻尾の先まで2mもあるのだ。
あわせて、姉妹たち―――吾輩が末っ子なので、姉たちだ――も、仔犬にしては相応に大きい。吾輩など、まだまだ片手サイズだというのに!
「サバルカちゃんはいまのままでいいのよ、かわいいんだから」
ママンに優しく鼻で押され倒され、ぺろりと鼻先から額を、そして背中を舐められる。やめてくれ、吾輩これに弱いのだ。甘えたくなる。ママー。
吾輩がキュンキュンと声鳴らしママンに甘え始めたところで、早々に飽いて周りで取っ組み合ってじゃれあっていた、吾輩の前にそれぞれアリア、イザリア、ウェンティティアと名をもらった姉たちがこれに気づき、なんだなんだと集まってきた。
「サバルカちゃん、アリアおねえちゃんも
「ありがとうございます、アリア姉上。」
「アリアおねえちゃん、サーちゃんはイザリアといっしょにぷろれすするの!」
「しませんぞ、イザリア姉上。あなたには力加減というものを覚えていただきたい」
「だめー」
「ああん、ひどぅい…」
「サバルカ、おすわり。ウェンティティアおねえさまのあしをなめてととのえなさい。」
「いやですぞ、ウェンティティア姉様。ご自分で整えなされ」
そうして姉たちにもさんざ舐められ、転がされ、なぜか足を舐めさせられ、気がつけば、いつものように皆で団子になって眠っていた。
これも今日までと思えば、吾輩もさみしくなってしまう。しかし…今日までか?別に隣に住んでるしなぁ…。
まぁ、さみしくなったら会いに来よう。そのうちに。
あくる朝、吾輩はママンに連れられ、ご母堂と対面していた。
「アイリーン、我が朋たるエルフよ。我は我が息子を汝が娘の朋としてこれを推す。汝いかがなりや。」
ご母堂、アイリーン殿がクスリと笑う。昨日の今日でこれだ、不意に笑ってしまったのだろう。
「願ってもない。素晴らしいことです。よろしくお願いしますね。」
「左様か!」
ママンとご母堂の儀礼的なやり取りが終わり、吾輩と朋―――ツェツィーリア嬢のご対面である。昨日は先方、吾輩を認識していなかったゆえに。
吾輩はできるだけ威圧感を与えぬよう、腰をぬかしたようなおすわりなどして可愛さをアッピール。どきどきしちゃう。
「さぁツィー、あなたの朋ですよ。」
アイリーン殿に抱かれた我が朋、ツェツィーリア嬢、いや朋となるからにはツィーと愛称で呼ばせていただこう―――が碧き瞳でこちらをじっと見る。
「あう…」
じっと見る。じっと。
吾輩ちょっとそわそわしちゃう。
何もしていないのに泣かれたりしたら、吾輩、鳴いちゃうかも、ワンワンとね!。
嘘です君に対しては人畜無害のふわふわワンチャンだからね…?
などとちょっと心配になった頃。
「わんわ!」
ご母堂、ママン、そして吾輩に衝撃走る。
喋った。喋った!喋ったのだ!
まだあうだのだーだの言っていたはずの赤子が。
「喋った!!天才では!?我が朋は天才では!?!?」
「サバルカ。うるさいですよ」
叫ぶ吾輩。咎めるママン。
「ふわ…」
そして泣きそうな我が朋。ああ泣かないで!びっくりしちゃったね!吾輩がおおきな声だすから!ごめんね!どうしよう!?
ここで吾輩、天啓を得る。
吾輩の尻尾だ!何のための尻尾か!何のためのふわふわか!このふわふわぢからで泣き止ませるのだ!
「我が朋、ツィーよ。我は汝の朋である。ゆえに汝、我が尻尾をとられよ、しからば我と汝は朋である!」
などと適当こきながら、ふわふわの尻尾を差し出す。
膝をつくご母堂。我が朋の短…失礼、将来性あふれるお手々が我が尻尾に伸び、触れる。そして握る。握るよね、赤ちゃんだもの。なんかあったら握るよね。計画通り。
「んんふ…」
途端、にっこり笑顔となる朋。
ちょっと痛いな、しかし朋が楽しそうなので良いか、と思う吾輩。
その吾輩を、ご母堂がそっと抱き上げる。
しからば、ご母堂の腕のうち、ともに抱き上げられたる我が体温も相まってか、朋は瞼を下ろした。やだかわいい~~何この子~~~我が朋にしちゃお~~もうなってるわ~~~。
吾輩とともを抱き上げたご母堂がほほえむ。
「フレヤ、我が朋。うちの子たち可愛すぎませんか?」
「アイリーン、まず貴女の子がかわいいのと、うちのサバルカがかわいいから当然でしょう…それにしてもあんまりかわいくて、まったく食べちゃいたいくらい」
「狼の貴女がいうと洒落になりませんよ。洒落とわかってはいますが」
「ふふふ…」
「…冗談ですよね?」
「当たり前じゃありませんか」
こうして吾輩とツィーは、朋と相成ったのである。
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