第54話 情報報酬
風社有澄は、栄美たちの『三人でのおでかけ』について、その許可を求められていた。
「残念ながら、風社邸の外へ出ることは控えてもらいます」
有澄のその言葉を聞いて、白と黒の双子は落ち込む。彼女らの表情を見た桐明も沈んだ気持ちになったが、有澄に尋ねる。
「どうして、ダメなのですか?」
「あなたたちが狙われているからです。具体的には、先ほど追ってきた『螺旋の囚人』。おそらくまだ諦めていないでしょう。それから、『ノーブル・ギャンブル』も。令美さんと栄美さんが、急に姿を消してしまったわけですから。もちろん、対策として、外出時に『瞬間移動』の異能で、何かあれば逃げるという手もあります。でも、それが通じない相手が現れる可能性もあるでしょう。例えば、桐明さんを遠隔から狙撃するとか、捕らえるとか」
有澄は、冷静に説明した。三人はそれを聞き理解したが、寂しい表情はそのままだった。
沈黙が、しばし部屋を占領する。
最初に口を開いたのは、有澄だった。
「…………。風社邸の庭園を散策するといったことであれば、大丈夫ですよ。天気の良い日にいかがでしょう?」
彼女は、優しく提案した。三人は、屋敷に入る前に見た立派な庭園の景色を思い出す。夕陽に照らされて、幻想的だった庭園。
「有澄さん、ありがとうございます」
桐明が代表して、頭を下げて言った。白と黒の双子も嬉しそうに、同じ仕草をしたのだった。
有澄は、おもむろに立ち上がり、桐明の側に来た。彼のシャツのポケットから、預けていたカードを取り出す。クラブの3だった。
「これはお守りでしたが、不要でしたね」
そして、有澄は、栄美に向かって微笑んだ。
「それでは、令美さん。あなたに頼みたいことがあるのです」
そう言うと、有澄は令美の手を引き、元の場所に戻って座った。彼女は、令美の耳元で何かを囁く。それを聴いた令美は、快諾のうなずきをした。
*
もうすっかり陽は沈み、夜の帳が下りていた。風社邸の別室で、シャインは、レインを迎える。広い和室だった。
「警察の対応、お疲れ様でした。問題ありませんでしたか?」
「ああ、大丈夫だ。正岡さんと城守さんも来ていたから、話が早く済んだ。中折れ帽の男も引き渡した」
それを聞いたシャインの顔が、明るくなる。
「彩ちゃん、何か言ってました?」
「城守さんは、双空橋の鉄骨を組み上げたトラス構造が半壊して、車が炎上している状況に驚いていたな。また派手にやりましたねと」
その後、レインは畳に座る。そして、警察に報告した内容をシャインに共有した。シャインは和室の低いテーブルに頬杖をつきながら聞いている。
「ところで……レインさんは、有澄ちゃんとどんな関係なんですか?」
シャインは、頬杖をついていた首をさらに傾げて尋ねた。返答を待っている。
「有澄とは……幼馴染のようなものだな。四家は血統が異なり、親族というわけではないけれど、魔女に仕えるゆえに会合などで会う機会があったから」
幼馴染というキーワードが、シャインの好奇心をくすぐった。
「だから、お互い下の名前で呼びすてなのですねー。良いなぁ」
「良いわけあるか。有澄は頭が切れるし強欲だから、絡まれると面倒なんだ。何手も用意している策士タイプだから、底が見えない」
「あー、だから、衣折ちゃんが依頼をしてきた時、考え込んでしまったんですね。裏の裏を読もうとしてたのですか? そんなの表に決まっていますよ」
そうお気楽に言うシャインに対して、レインの顔がいつも通り、ひきつる。
「でも、有澄ちゃんとレインさん、仲良さそうに見えます」
「腐れ縁なだけだ。……だが」
「……そうですよね。『魔女』について、聞かないとです」
二人は真面目な顔になって、目を合わせて、うなずいた。
「で、レインさん、有澄ちゃんとお話する前に『魔女』って何か教えてください」
「……おい、ちょっと待て。いまの話の流れで、なんで俺に聞くんだ?」
「予習ですよ! それに、私も興味が出てきました。あんなのを見せられたら」
栄美は不死性を示した。そして、その現象がシャイン自身の異能とそっくりだったのだから。
レインはしばらく考え込んでいたが、口を開いた。
「魔女は……『異能の始祖』だと言われている。そして、ある意味、『不老不死』だ。だから、悠久の時を生きてきた。容姿はあの白と黒の双子と似ている。より正確に言うと、黒髪の栄美さんが『魔女』とほぼ同じ容姿だ。そっくりなんだ」
「そうなんですね。……えーっと、あと魔女に仕える四家とは、何ですか?」
シャインがそれを聞いた時に、和室の襖越しに声が響いた。有澄が待っているので案内すると使用人が言う。二人は従う形を選んだ。
*
有澄の待つ部屋へ、レインとシャインが入る。すでに、桐明たちは席を外していた。
上座に座っている有澄。下座にレインとシャインは並んで座る。気心が知れた仲なのか、レインと有澄は足をくずしていた。それに従って、シャインも楽な姿勢をとる。
「雫、咲輝、依頼を完遂してくれて、ありがとうございました」
「双空橋での支援、助かった。ありがとう」
レインも返す。だが、有澄は告げる。
「あれは、貸しにしておくわ」
それを聞いた雨男は、負けじと返した。
「警察には、有澄と衣折さんの異能は隠しておいたぞ。それでチャラだ」
有澄の顔が少し不機嫌になった。シャインが声を上げて笑う。
「レインさんと有澄ちゃんのやりとり、面白い! 仲良いんですね」
シャインの砕けた物言いに、二人はそろって軽くため息をついた。
「有澄、依頼は完遂したのだから、教えて欲しい。ユニオンセル生物学研究所で行われている『魔女』の研究とは何だ?」
レインが尋ねた。有澄は、彼の顔を見て答える。
「簡単に言えば、『魔女』の細胞の研究。そして、『魔女』の
「だから、あの白と黒の双子……。特に黒髪の栄美さんは……」
「ええ、そうよ。彼女とそっくりでしょう?」
レインはそう言われて、うなずいた。有澄は続ける。
「でも、その研究は順調というわけではない様子よ。不死性を確かめられなかったり、遺伝形質の発現にバラツキがあったりのようね」
聞いていたシャインが尋ねた。
「だから、令美ちゃんと栄美ちゃんはそっくりなのに、対照的な髪と肌の色になっているのですか?」
「そう。同じ遺伝子を持つ複製体なのに、令美さんはメラニン色素の生成ができないアルビノ。だから、青い眼に銀髪、そして肌が極端に白いでしょう。そして、二人とも歳を重ねるのが、一般的な人間よりも倍くらい早い。つまり、半年で一歳くらい歳を取る。他の複製体もその傾向があったようなの」
「それが、そもそも『魔女細胞』に備わっている形質では?」
レインが間に入って言った。
「その可能性もあるわね。また、誰かの異能による『呪い』のようなものかもしれない」
「有澄。そもそも、今回の依頼はどういう目的だったんだ?」
レインが問いかけた。
有澄は、桐明にした説明と同じことをレインたちに伝える。研究データ、優秀な研究者、研究サンプル、そして、白と黒の双子も目的だったことを。
「ってことは、一番欲しかったのは、白と黒の双子か?」
「……さぁ、どうかしら」
アリスは、水色のサングラスの奥にある目を細め、不敵に微笑む。
「有澄ちゃん、レインさん。『魔女』、『魔女』って言ってますけれど……。始まりの『魔女』さんのお名前を教えてくれませんか?」
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