第53話 断れない提案

「令美と栄美を、封印する? それはどういうことですか?」


 桐明は、思わず身を乗り出して、風社有澄に訊いた。すこし沈黙が流れる。そして、彼女は答えた。


「わたしの異能である、このカード。そこに封じ込めるとは? ……賢いあなたなら、もうお気づきかもしれませんね」


 それを聴いた桐明は、黙って思考する。双空橋での戦いで、目の前の彼女はトランプカードの異能を披露していた。ものだけでなく人にも効果を及ぼす不思議なカード。白と黒の双子、令美と栄美をカードに封印するということは……。桐明は、そうあって欲しいことを口にする。


「…………ひょっとして、カードの中では時間が流れないのでは? 令美と栄美は、カードの中にいる間は、急速に歳を取らない……のではないですか?」


「ええ。そのとおり。貴方にとって、悪い条件ではないはず。彼女たちの急激な老化を、なんとかしたいのでしょう?」


 桐明は、うなずいた。


「……あの研究所で、私の元に届いた紙のメッセージには、研究する場所を提供いただけるとありました。私の研究テーマは、魔女細胞ではなく、いまやあの双子の症状の原因を突き止めること」


 有澄の目をしっかりと見て、桐明は応えた。


「そうでしょう。身を削るように、研究していましたね。わたしからの条件をのんでくれれば、研究の続きができるようにしてさしあげます」


 そう言った有澄を見て、桐明は感じる。彼女は何かしらの目的があり、それを成すために、行動しているのだと。その目的は何かわからない。だが、これまでの導きから、悪意を感じられない。弱者をいたぶり徹底的に搾取するスタイルではないと思えた。


「……条件とは?」


「簡単なことで、三つですわ。ひとつ、研究データや成果を、隠さずに風社家に提供すること。タブレットで持ち込んでいただいたものだけでなく、今後の研究成果もということです。ふたつ、風社家が令美さんと栄美さんの異能を借りたくなった時、無償で提供するように、彼女たちに説いて納得させておくこと。三つ目は、『魔女』に会おうとしないこと。約束できますか?」


 風社有澄は、口元は笑っているが、凄みのある目をして言った。桐明は、緊張で額に汗が滲んでいることを感じる。


「ひとつ目とふたつ目は……わかりました。ですが、『魔女』に会いたいと思ってはいけないのは、何故でしょうか?」


「令美さんと栄美さんは、おそらく『魔女』の複製体クローンです。禁忌をおかして造られた存在。それを、原初オリジナルの『魔女』が許すでしょうか? よくお考えください」


 桐明は、ハッとした。彼女が言っていることは、もっともだった。


「……おっしゃっていることは、わかりました。三つ目もお約束します」


 桐明は、当然『魔女』の存在は気になっている。『魔女』という謎の存在が、この街の中心にいる様に感じているのだ。


 だが、桐明は決めていた。覚悟していた。令美と栄美の命を最優先にする。それが、桐明が今最も大事にしていることだった。好奇心に負けて自らを危険にさらし、大切なものを失いたくない。つい先ほど、奇跡的に免れた悲劇を再確認する。


 有澄が、口を開いて告げた。


「わたしから、ひとつ提案というか依頼です。令美さんと栄美さんをカードに封じさせていただきますが、そのカードの管理はお願いしてもいいですか?」


 桐明は目を見開いた。てっきり有澄自身が手元に置いておきたいのだと思っていたからだ。


「……は、はい。でも、どうしてですか?」


「彼女たちが、カードの止まった時の中とはいえ、あなたの側にいられるというのは条件として良いと思うのですが。それに先ほどの出来事のように、もし、あなたに危機が迫った時、彼女たちは助けたいと願うはずですからね」


 桐明は、風社有澄という人物を計りかねていた。冷徹に見えて、あたたかい。厳しいようで、優しい。大局を俯瞰している様子なのに、細部への気配りに余念がない。


「……承知しました。令美と栄美が封印されたカードは携帯して管理します」


 桐明のその言葉を聴いた有澄は、満足そうな顔になった。そして、万が一、カードから白と黒の双子を出す状況になった際の方法を教えてくれた。カードを持ちながら『解除を風社有澄に申請する』と宣言すればいいのだと。


「それでは、この場に令美さんと栄美さんもお呼びしましょうか。さっそく、令美さんに頼みたいことがあるのです」


 そう言うと有澄は、部屋の外に仕えていた使用人を呼び指示をだした。



 やがて、令美と栄美、白と黒の双子が部屋にやってきた。彼女たちは、桐明の左右に仲良く座った。


「桐明さん、先ほどの件、彼女たちに説明してくださる?」


 有澄の依頼を受けて、桐明は娘のように大切な二人に説明した。二人は顔を見合わせた後、それぞれが言った。


「先生の側で寝ているようなものですよね。私は問題ありません」と令美。


「封印される前に、先生と私たちだけで、おでかけできませんか? ちょっとの時間でいいから……」と栄美。


 その言葉を聞いて、桐明はハッとした。先ほど命を失いかけた彼女が告げた、ささやかな願いごとを思い出す。


「私からも、お願いします」


 桐明は、臆病な気持ちを追いやり、有澄に懇願した。

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