第52話 風社邸

 桐明育久きりあけいくひさ風社有澄かぜやしろありす手繰令美たぐるれみ栄美えみ、そしてシャインは、風社邸の前に立っていた。


 令美の異能『瞬間移動』によって、双空橋から一瞬で到着したのだった。レインと衣折は、警察対応のために双空橋に残っている。


 夕陽に照らされているシャインたちの目の前には、純和風で重厚な門構え。その左右に白塗りの壁が長く伸びている。それだけで、この風社邸が広大な敷地を持っていることがわかる。そして、ひらけた空。白塗りの壁の上には、立派な松の木などが見えている。鳥のさえずる声も聞こえてくる。


「ようこそ、風社邸へ」


 有澄が皆に向かって言った。その声に従うように、重厚な門が開く。門に常駐している従者が開けたようだ。


 開いた門から見えた景色は、大きな和風の屋敷が鎮座し、それを囲むように広大な日本庭園が広がっていた。


 シャインたちは、見える景色に圧倒されながら、有澄に導かれて屋敷へと入っていく。


 *


 屋敷内では、有澄の指示のもと、それぞれは当てがわれた部屋でくつろぐことになった。胸を突き刺されても復活した栄美については、念の為、風社ゆかりの医師が診ておこうと手配されていた。



 桐明は、有澄の後を追うように屋敷の廊下を歩いている。左手には立派な日本庭園が見えていた。彼女より話があるからと言われたのだった。


 とある和室に入った。有澄は上座に正座して座り、桐明にも座るように促す。


「どうぞ、お座りください。足はくずしてくださって結構です」


 そう言われたが、桐明も正座で座った。桐明の命が今あるのは、間違いなく彼女の計らいによるものだからだ。桐明は、一呼吸おいてから、尋ねた


「有澄さん、この度はありがとうございました。ところで、私は、なぜこの風社邸かぜやしろていに招かれたのでしょうか? 実はまったくわかりません。教えていただけないでしょうか?」


 有澄は、桐明のその言葉を聞き、すこし微笑む。そして、口を開いた。


「風社家は、魔女に仕える家柄です。その魔女について、不当にも研究を行っている輩がいる。『螺旋の囚人』、『ユニオンセル生物学研究所』ですね。その研究はどのようなものか、調査が必要でした」


「レインさんは、魔女を研究することは禁忌をおかすことだと言っていました」


「ええ。そのとおり。でも、それは少し前までの話。もう破られて、ひさしい。魔女に関して、今この街では様々なことがうごめいているのですよ。ですが、詳細は、お伝えできません。わたしは、あなたに伝える必要はないと思っています」


 そう言われて、桐明は、研究所にいた時に感じたものを、ここでも感じる。背後にあるのは、おそらく巨大な権力や組織なのかもしれない。


「私を助けれくれたのは、なぜでしょうか?」


「わたしが欲していたのは、四つ。今、その全てを手に入れて満足しています」


 水色の丸型サングラスの奥の目が細くなった。


「……四つとは?」


 桐明は、恐る恐る聞く。『ユニオンセル生物学研究所』、『ノーブル・ギャンブル』、これまで接触してきた組織は、桐明の弱みを握り選択なき提案をしてきた。身構えてしまう。


「ひとつ、魔女細胞に関する研究データ。これは、ご持参いただいたタブレット端末のことです。二つ、優秀な研究者、つまり桐明さん、あなたのことです」


 有澄は、妖艶な笑みを浮かべて言った。桐明は、ごくりと唾を飲み込む。


「三つ目は、研究サンプル。これについては、すでに風社家の研究施設に搬入済みです」


「えっ? ど、どうやって? 極低温の冷凍保存が必要ですし、厳重な研究所から持ち出すなんて」


「今のあなたなら、不可能ではないとわかるでしょう? その厳重な研究所で遺体を偽装したのですからね……」


 そう言われて、桐明は背筋が寒くなる。そして、あらためて自覚する。逃亡の際に用意された服やメガネは、桐明の詳細な個人情報を把握していないと無理なものだった。恐る恐る聞く。


「……異能で?」


「ご想像にお任せしますわ。そして、四つ目について。これは予定より早く、わたしの元に来ていただけました。白と黒の双子です」


 その言葉を聞き、桐明はノーブル・ギャンブルとの取引を思い出す。さらに、レインが貸し会議室で「風社有澄は、何もかも自分のものにしようとする人間だ」と言っていたことも、記憶に新しい。


「令美と栄美も?」


「ええ、そうです。ノーブル・ギャンブルなんて、ギャングやマフィアのような組織は、この街には要らないわ。気に入らないから、潰したいのですよ」


 さらりと、有澄は言った。桐明は、緊張から胃が痛くなる。目の前にいる美しい女性は、やはり只者ではないのだ。


「……つまり、令美と栄美を連れ出すことで、ノーブル・ギャンブルを弱体化させるということですか?」


「ええ、そのとおり。令美さんの遠くが見える異能と瞬間移動で好き勝手してましたし、栄美さんの異能で一般人をそそのかして異能犯罪者にしてましたからね」


 桐明はその事実を言われて、信じたくなかった。だが、取引をした相手は、そのようなことは躊躇ちゅうちょなくやるだろうとも思っていた。考えないようにしていたのだ。令美と栄美が無事ならと、目をつむっていた。彼女たちに聴くことも避けていた。桐明は、臆病な自分を知り、自己嫌悪を感じる。


「有澄さん。あなたは、令美と栄美をどうするつもりなのですか?」


 有澄は、桐明の表情を見て、サングラスの奥の目を細めた。そして、告げたのだった。


「封印させていただきます」


 そう言って、有澄は右手に二枚のカードを出してみせた。

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