第51話 宿命

 西陽が、双空橋を照らしている。


 桐明は、栄美を抱きかかえ叫び声を上げた後、声をなくして泣いていた。令美はしゃがみ込み、栄美と桐明のそれぞれの手を握っている。


 レインとシャイン、そして有澄と衣折も、桐明たちのそばにやってきた。


 シャインはハガネを担いで運んでいる。すでにレベル1のグリーンになっていた。濡れた服で拘束もされているハガネ。さらに、当て身を受けて気絶させられていたのだった。晴れ女は傍らにハガネを下ろす。


 黒き美しき犠牲者のそばで、その場にいる誰もが言葉を失っていた。



 突然、栄美の周囲に丸い蜃気楼のようなものが発生する。空間が揺らぐ。


 それは、周囲との隔たりを生み出した。桐明と銀髪の令美は、栄美の身体から弾かれる。


「…………やはり、から」


 そう言ったのは、風社有澄だった。その言葉を聞いて、レインは一瞬、有澄に目をやる。だが、すぐに丸い蜃気楼の中に横たわる栄美に注目した。


 球体の蜃気楼の中では、栄美の身体を突き抜けていた鉄のステッキは消し去られていた。桐明や令美の服に付いていた彼女の血のりは剥がされて、丸い蜃気楼の中へと取り込まれていく。


 そして、その蜃気楼の中は、時が早戻るかのような光景を映し出す。


 栄美の身体が、何事もなかったかのように、整っていく。


「……レインさん、私が倒されてお日様の下で復活する時って、あんな感じですか?」


 シャインは、栄美に注目しながら、尋ねた。自らの不死の現象について、レインから前に教えてもらっていたからだった。


「……ああ。そうだ」


 雨男は、晴れの女の横顔をチラッと見て答える。


 丸い蜃気楼の中では、直立した栄美が目を開けた。それが合図だったかのように、球蜃気楼の球体は、まるでシャボン玉が弾けるように消え去った。


「……栄美」


 桐明は、恐る恐る声をかけた。


 栄美は、静かに自分の身体を見渡す。


「…………先生。私の身体、……大丈夫みたい」


 そう言うと、栄美は首を少し傾けて微笑んだ。黒い髪が風に流れる。黒のワンピースには鉄のステッキが開けた穴ももうなくなっていた。白いワンピースの令美は、栄美に抱きつき、告げる。


「栄美、……良かった」


 桐明は、目の前で起きた奇跡を、そのままに受け入れた。


 科学者としての論理的な思考は、そこにはなかった。ただ、ただ、愛する人が戻ってきたことに感謝していた。神や運命といった何かに感謝していたのだった。


「栄美、令美、良かった。二人を失ったら、私は……」


 桐明は、そう言って、白と黒の双子を抱きしめた。


 シャインは、三人の姿を見ていて、泣きそうになっている。


 レインはその光景を見て、思考していた。先日のシミターたちの戦いで、アメジストを逃したのは、この白い女性の方だった。この白と黒の双子……包川の供述に出ていた人物像とも特徴が一致する。何より、栄美と呼ばれていた女性は……にそっくりだ。たくさんの疑問がわいてくる。


「……有澄。あとで、詳しく話を聞きたい」


 有澄の目を見て、レインは伝えた。それを受けて、有澄は一言返す。


「風社邸で」



 レインは、携帯端末から警察にコールを入れた。双空橋で起きた出来事を簡潔に伝える。


 雨の跡は濡れた道路のみになっていた。夕陽があたりをオレンジ色に染めている。長く伸びる影が、日没が近いことを示していた。橋の中央では、まだ赤い車が炎上していて、黒い煙を上げている。


「警察が到着したら、この男の身柄を受け渡す。ところで、襲ってきた他の異能者二人は?」


 レインは、ハガネのことを示した後、有澄たちに問う。


「さあ、行方不明ってところじゃないかしら。……遺体がなければ、死んだとも決められないわよ」


 有澄は、カードの束を扇子のように広げて、口元を隠して言った。平然とした態度だった。レインは、有澄と目が合った後、目をそらして軽くため息をはく。


「有澄ちゃんと衣折ちゃん、助けてくれて、どうもありがとう! これで依頼は完了かな?」


 シャインは、ニコッと笑って言った。


「シャイン様、残念ながら、お伝えしていたとおり風社邸までお連れいただくことが、ご依頼の完遂となります」


 メイド姿の衣折が、丁寧に言った。シャインは、肩を落として、口を尖らせる。


「この現場についての警察の応対は、俺がやっておく。シャインは、桐明さんや彼女たちと一緒に、風社邸へ先に行っててくれ」


「わかりました。あ、でもどうやって?」とシャイン。


「令美さん。あなたの異能なら、ここにいる人たちを風社邸に瞬時に連れていけるかしら?」


 有澄の問いに、令美は答える。


「そろって手を繋いでくれれば、大丈夫。風社邸はどこでしょう?」


「すぐ教えるわ。ところで、雫、私の家までの足がないでしょう? 貸してあげるわ」


 そう言うと、有澄はカードを一枚取り出した。そのカードから召喚されたのは、高級外車だった。


「わぁ、有澄ちゃんの異能、便利だねー。駐車場、探さなくていいんだ!」


 シャインは、ご機嫌に言った。有澄は、返すように告げながら、カードを一枚だした。


「咲輝のバイクは、一旦、しまっておきましょう」


 有澄は、バイクにカードを触れさせて、取り込んだ。


「……有澄様、私もレイン様と共に残り、警察の対応をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 メイドは、主人に告げた。有澄は少し不満な顔になる。


「あら、それはどういうこと? 衣折」


「警察が到着されれば、双空橋はおそらく一時的に封鎖されます。問題は、そこでできた出来事のご報告です。レイン様が有澄様の異能について言及されないようにするためです。また万が一、螺旋の囚人からさらなる追手がきた場合、迎撃体勢も必要かと存じます」


 そう言った衣折を、レインは感心したように見つめた。有澄は、メイドに言葉を返す。


「あら、それが本音かしら? ……まぁ、いいわ。追手の可能性はあり得ますね。雫は、わたしたちが関与したことは隠してくれると思うわ。わたしが欲しい情報を持っているから」


 主人に見透かされていると自覚し、メイドはうつむいて黙ってしまった。少し顔が紅潮している。


 有澄は、令美と栄美に向かって言った。


「桐明さんだけでなく、あなたたち二人も、風社家は保護する用意があります。来ていただけますか?」


 それを聞いたレインは、糸のような細い目を開き、有澄を見つめた。令美と栄美はそろって答える。


「……先生と一緒なら、どこへでも」


 二人はにっこりと微笑んで、桐明を見つめた。彼もやさしく微笑んで、うなずいた。


 シャインも、そんな三人を見ていて、喜んだ。

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