第48話 バディ交代

 雲が流れゆく空の下、双空橋ではそれを補うように黒煙が上がっている。


「衣折、なんだか私たち損してないかしら? 雫たちの代わりに戦ってしまった気がするわ」


「結果的にそうなりましたが、目的を遂げることが大事でございます」


「まぁ、いいわ。それなりに楽し……」


 黒煙を舞い上がらせている炎の海から、巨体の影が起き上がり、ゆらめく。


 炎の中から、鉄骨が、有澄を狙って飛んできた。『自動防御オートガード自動手札オートカード』が発動し、鉄骨は封じられる。カードがひらひらと舞う。


「……そういうカラクリか。だったら、これならどうだ!」


 炎の中から、鉄の巨体のハガネが出てきて言った。無事だったのだ。高所からの落下した車の衝撃を喰らい、炎にのまれていても。


 ハガネは、鉄骨を操り、バラして太い針の様にして、有澄へ何本も撃ち込んできた。『自動防御な自動手札』が何度も発動する。


 有澄は、焦った。カードは五十二枚と有限なのだ。連射される鉄の太い針によって、カードは次々と消費される。


 主人の異能を熟知している衣折は、告げた。


「有澄様、失礼。退却と判断します」


 そう言って、有澄に抱きつくと片翼の翼を広げ、戦闘用ブーツで加速する。的確に狙って、ひっきりなしに飛んでくる鉄の太い針、ニードルを、有澄のカードが自動的に封じる。だが、枚数は勢いよく減っていく。


 衣折は、雨男と晴れ女の待つ、双空橋の空無区側へと、主人を抱えながら、なんとか飛ぶように走る。


 ガシッ、ガシッ、ガシッとアスファルトには、よけたニードルが刺さった。


 有澄は反撃として、カードに封じたニードルを使うことも考える。だが、鉄を操る相手に材料を渡すだけだと判断した。ならば、カードを直接、鉄の巨体に当てて封じる手がある。イーグルたちを倒したようにだ。勝ち筋はそれだが、相手が飛び道具に頼っている以上、接近は困難だった。


 *


「やはり、中折れ帽のあの男、レベル4のレッドだけあるな」


 レインは遠目に戦況を見ていた。残った鉄の巨体のハガネとの戦いは状況が芳しくない。シャインが尋ねる。


「どうしますか? 有澄ちゃんたちだと、相性わるい感じなのかなぁ」


「桐明さんは、ここに居てください。シャイン、有澄たちと代わって、あの鉄の巨人を倒すぞ」


 雨男の指示に、晴れ女は右手拳の親指を上げた。


 二人は異能を使って、走り出した。レインは、水でできた透明な流れる絨毯の上を走り、加速する。シャインは、太陽の力を身体強化に変換して、疾走する。バイクにも負けない速さだった。


 桐明は、タブレット端末が入った鞄を抱えて、戦いの行く末を見守るしかできなかった。


 *


「有澄様、レイン様たちが迎撃に来てくれそうです。こちらに向かって来ています」


 衣折は、戦況を好転させる情報を共有した。


「では、『ウィル』の二人に任せましょう。このまま進んで、交代でいいわ」


「よろしいのでしょうか。あの敵は、四人で倒した方が……」


 衣折の言葉に、有澄は応える。


「安心なさい。雨宮家のあの賢い雫が、異能を継承し、さらに素直で力強いパートナーを得た。魅せてくれるに決まっているわ。だから、わたしは依頼したのよ」


「承知しました。それでは、戦線離脱を優先いたします」


 衣折は、片翼の翼を使い、有澄を抱えながら跳ねるように走り続けた。


 ハガネは、逃げる二人組の女を追いながら、ニードルを途絶えることなく連射していた。材料となる鉄は、この橋なら鉄骨の形で無数に転がっている。圧倒的な有利さを感じていた。ハガネは、狩りをしている気分を味わう。


 鉄骨を操り、ハガネは一気に大量のニードルを生成した。今までの比にならない物量のニードルを逃げるメイドたちに撃ち込む。


 避けきれない大量のニードルだった。


 だが、結果から言えば、有澄たちには届かなかった。


 有澄たちが通ったあと、そこに御魂川から操り上げられた水が、滝のカーテンを作っていた。そのカーテンは分厚く、そして滝にしては不自然だった。横から見ると大きな楕円形を描く循環する水のカーテンだった。無限に流れる滝だ。


 大量のニードルは、その滝に阻まれた。


 ハガネは異能を使って、水に取り込まれたニードルを操ろうとしたが、効かない。レインが操っている水なのだ。水に閉じ込めることで、封印されたような状態になっていたのだった。


 レインたちは、有澄たちと合流した。


「有澄、あとは俺たちがやる。桐明さんの護衛を頼む」


「あら、依頼主に、受けた依頼と同じことを頼むなんて、変な話じゃないかしら?」


 有澄の皮肉が効いた言葉に、雨男の顔はひきつる。


「有澄ちゃん、今度、くるみベーカリーのパンを奢るから、お願い!」


「くるみベーカリー?」


「有澄様、女神区にある老舗パン屋にして名店でございます。そこのパンは逸品です」

 

 メイドは、主人の疑問を的確に処理した。


「……それは、気になるわね。わかったわ。では、雫、咲輝、あとは頼みましたよ」


 向かってくる鉄の巨体を、雨男と晴れ女が待ち受ける。主人とそのメイドは、去っていった。


「今度は、お前らが相手か? 桐明に逃げられると都合が悪いんで、すぐに片付けさせてもらうぞ」


 鉄の巨体であるハガネが、イラついた顔で言った。鉄骨を右手に持っている。


 レインは、滝にしていた水をニードルを含んだまま、川へ捨てる。そして、再び川から水柱をあげて、巨大な水の塊をそばに置いた。


 雨男は、晴れ女に告げる。


「モード、スチーム・ロック。シナリオ、ヒート&クールでいくぞ」


 シャインはスキャンゴーグルをかけた。そして、構える。


「OKです!」


 レインが、スキャングラスの縁をモールス信号のようなリズムで叩く。レンズ部分の表示情報が変化する。シャインのスキャンゴーグルも、レインからの通信を受けて同様に変化した。

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