第49話 スチーム・ロック
鉄の巨体となっているハガネは、再び無数の鉄の針、ニードルを生成して、レインたちを狙って撃ち込む。
だが、それに反応するように、レインが操る無数の水の弾丸がニードルを捕らえる。水がニードル包み込み、無力化した。
水に包まれたニードルは、次々とアスファルトの路面に落ちる。
「だったら、これでどうだ」
ハガネは、鉄骨を振り回した。シャインは振り下ろされてくる鉄骨に、己が鉄拳をぶつける。太陽エネルギーをのせた威力の拳は、鉄骨を凹ませ、退かせた。
「シャイン、すこし時間を稼げ」
雨男の言葉に、晴れ女はうなずく代わりに、鉄の男に素早く近づく。
ハガネは鉄骨の凹みを異能で修正し、再びシャインへ向けて薙ぎ払う。シャインは、迫り来る鉄骨を飛び越えるように舞った。
「かかったな」
ハガネは鉄骨を変形させた。空中にいるシャインに向かって、鉄骨から幾本の棘が殺意を乗せて伸びる。
だか、シャインはその幾本の棘を、両手の手刀で斬り落とした。手刀は淡く光っている。鉄の棘が切られた断面は、赤くなっていた。
路面に着地したシャインを狙って、操られた鉄骨が次々に降ってくる。彼女は、強化された身体で素早くかわしていくのだった。
一本の鉄骨に蹴りを浴びせ、ハガネの巨体に向けて飛ばした。しかし、その鉄骨はハガネの身体に吸収されただけだった。
「えー、なんかずるいなぁ、それ」
シャインは、ぼやく。
レインは、直立し、両手を少し広げて下げていた。両手とも何かを持ち上げる様に挙げていく。双空橋の両脇から、巨大な水柱がそれぞれ立ち昇る。
「水に流そうか。邪魔なものは、全てな」
雨男は、二本の水柱を空中で合わせると、滝のように落とした。それは巨大な波となって、橋の直線道路上の全てを食い尽くすように流れる。
シャインは、レインの元へと一旦退いていた。
「……!?」
ハガネは、迫るその巨大な波に驚き、足元のアスファルトに自らの鉄の脚を打ち込む様にして固定した。流される威力に耐える。
巨大な波は、周囲にあった転がっている鉄骨などを、橋の中央となる後方へと流し去っていった。
レインが、スキャングラスの縁を軽く叩き合図を送る。
「スチーム・ロック!」
レインとハガネの間に割って入ったシャインが叫ぶ。それを合図に、レインは水の操り方を変えた。
シャインは、自らの前に両腕を重ねるように突き出し、手のひらを広げた。左右の手のひらは上下に向かい合う形になり、間が少し空いている。
その両手の手のひらは、蓄えられた太陽エネルギーが変換されて高熱を帯びていた。向かい合わせに重ねた手のひらの間は、超高熱となり、ゆらいでいる。
晴れ女が用意した手のひらの間の超高熱空間を、雨男が操る水が通り抜ける。
一気に熱せられた水は、透明な水蒸気となった。過熱水蒸気だ。そして、高熱を帯びたその水蒸気が、ハガネの鉄の巨体にぶつかる。
ハガネが逃げようとしても、レインがその水蒸気を操り、捕らえる。
高熱源となっているシャインは、太陽エネルギーを著しく消費していく。残量は、カウントダウンするように減っていった。
「そんな水蒸気が、鉄の俺に効くものか」
「お前は炎の中から生還したみたいだが、これはそれ以上の地獄さ」
レインは、ハガネに向かって言い放つ。
ハガネは、たかが水蒸気と侮っていた。
だが、いきなり、苦しくなって、膝をつく。めまいと頭痛が激しく、いくら激しく呼吸をしても、ハガネの脳に酸素が届かず満たされなくなった。
「……なッ、こ、これ、は」
ハガネは荒くなった呼吸で、なんとか言葉を絞り出す。
「知らなかったのか? 過熱水蒸気の中は、極低酸素状態になるんだ。動けないだろ。大人しくしていろ。すぐ沈めてやるから」
レインは冷たく告げた後、続けた。
「過熱水蒸気による、対流伝熱、放射伝熱、凝縮伝熱で、あっという間に鉄は赤くなる」
シャインは、ハガネに向かって重ねた両手のひらを向けている。レインの操る水がその間を抜けて、視認できない水蒸気が圧倒的熱量をハガネに与えていく。
雨男のスキャングラス、晴れ女のスキャンゴーグルは、高温領域、すなわち透明な過熱水蒸気の範囲をレンズディスプレイに表示していた。ハガネの身体は五百度を超えて、熱された鉄が赤くなっていく。
レインは、さらに水の塊を、赤い鉄となった巨体のハガネにぶつけた。強烈な勢いで湯気が立ち昇り、ハガネの巨体を急冷却する。
「その鉄の鎧は、もう脅威じゃない」
雨男がそう告げるのとほぼ同時に。ハガネの鉄の巨体には亀裂が何本も入っていく。それをきっかけに、さらに無数にヒビが入った。
「はぁ、はぁ。……はぁはぁ。ぐっ、はぁ、はぁ」
ハガネは、過熱水蒸気の酸欠地獄から解放されて、呼吸をするのに必死だった。酸欠で暗くなっていた視界が開けていく。
「そのヒビ割れは、熱割れだ。内側が高温で外側が低温、内から高温で膨張する力と外から冷やされて縮む力がぶつかって、割れる現象だ」
レインは、糸のような細い目を見開き、蔑むように言う。
シャインの太陽エネルギーは、残量十パーセントを切っていた。
ヒビ割れた鉄の鎧をまとったハガネ。彼に対峙するように立つレインとシャイン。
雲から出てきた太陽が彼らを照らしていく。双空橋の西側から、オレンジの光が広がっていった。
太陽エネルギーの残量は急速にカウントアップしていく。
「さぁ、沈めるぞ」
雨男の声を合図に、晴れ女はハガネに向かって走り出した。
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