第47話 メテオ

 シャインと桐明のところに、四体のウォッチドッグが降りてきた。シャインを狙い撃ちにしていたのだった。異能を使って、シャインは素早く避けた。


 四体のウォッチドッグは、手に持っていたボーガンの矢を放した。彼らは掴んで飛んできたが、この矢自体はシャインを自動追尾する。


「また、これ? しつこいなぁ」


 シャインは、バイクを掲げて盾にする。四本の矢を防いだ。スポーツバイクを軽々と上げたシャインを見て、桐明は驚愕する。彼女の異能は、身体能力を強化するもののようだと、あらためて理解した。


 ウォッチドッグが、シャインと桐明に襲いかかってくる。三体がシャインをねじ伏せようとし、残る一体が桐明を狙ってきた。


 晴れ女の太陽エネルギー。残量は、六十パーセントを切っている。足と拳にエネルギーを溜めて、解き放つ。


 渾身の右ストレートが、襲ってきた三体のうち一体を撃ち抜く。強風に飛ばされる空き缶のように転がって、一体が崩れさった。


 だが、桐明を捕らえた他の一体が言う。


「彼を殺されたくなければ、おとなしくしろ」


 シャインは、男を睨みながら奥歯を噛みしめる。構えていた拳を下げた。三体のウォッチドッグが揃ってニヤリと笑う。二体がシャインを殴ろうとした。


 その時だった。


 二体の足元に水の絨毯が流れ込んできた。二体のウォッチドッグは足元を取られて転ぶ。シャインはその隙を見逃さずに、転んだ二体に強烈な蹴りを浴びせた。二体が崩れ去る。


「こいつが、どうなってもいいんだな?」


 ウォッチドッグが捕らえている桐明を見せつけるようにしたが、動けなくなった。いつの間にか、足元から巻きつくように水が絡まっていた。強い力でウォッチドッグの身体の自由が効かなくなっていく。


 動けなくなっていくウォッチドッグ。桐明は拘束される力が弱くなったので、捕らわれの身から抜け出した。


 それを合図に、シャインは、右ストレートを最後の一体に決める。


 襲ってきた四体のウォッチドッグを、すべて処理したのだった。


「レインさん、ありがとうです! グッドタイミング」


 シャインは、にっこりと微笑んだ。ハイタッチをしようと手を挙げる。


「で、シャイン、今の残量は? まだ終わっていないぞ」


 油断しない几帳面な相方の、冷たい問いかけだった。


「……。……五十パーセントを、切りました」


 晴れ女は、口を尖らせて、つまらなそうに答えた。


 *


 双空橋の中央。


 赤い車が猛スピードで、風社有澄を狙って突進してきた。運転席にはウォッチドッグ、助手席にはイーグルが乗っている。


 有澄は避けようともしなかった。向かってくる赤い車を、平然と見ている。水色の丸型サングラスの奥にある目が、細くなった。


「いやっほー、ひとり殺っちまおうぜ!」


 助手席でイーグルが叫んだ。


 だが次の瞬間、イーグルはアスファルトの道路の上をものすごい勢いで転がった。打撲や擦り傷を負いながら、気を失った。


 同じく、運転席にいたウォッチドッグも、転がってダメージを負い崩れ去った。


自動防御オードガード自動手札オートカード


 有澄は呟くように言った。いつの間にか彼女の手元には、赤い車が描かれたカードがある。


 ジョーカーのカードを除く、五十二枚のトランプカードは、有澄に危害を加えるものに自動的に反応して、彼女の側でその対象をカードに取り込み封印する。


 先のハガネによる鉄骨の攻撃も、今の赤い車の突進も、すべてカードに封じられたのだった。


 衣折を狙っていたウォッチドッグが一体、まだ残っていた。そして、衣折は、ハガネと対峙している。有澄は、懸命に戦う彼女に相談ごとを告げた。


「……衣折、『廃ビル・メテオ』で、そのデカブツを潰してもいいかしら?」


 主人の相談に、ハガネの攻撃をかわしながら、メイドは即答する。


「双空橋が堕ちます。おやめください。市民生活に多大な支障が出ますので」


 そう言われた有澄は、つまらなそうな顔になる。


「じゃ、これくらいで、許してね」


 有澄は、カードを投げた。巨体で鉄を纏ったハガネの真上、かなり高いところにカードが風に乗るように舞う。


 ウォッチドッグとイーグルが乗っていた赤い車が、鉄の巨体ハガネに向けて上から堕ちてきた。カードから排出されたのだった。


 その赤い車体は、地球の重力に、もれなく引き寄せられて加速していく。


 凄まじい轟音が鳴った。金属と金属がぶつかり潰し合う、高く、重たい音だ。その質量が空気を震わせる。


 次の瞬間。ハガネと車がぶつかった場所から、爆発が起きた。爆炎が上がる。漏れたガソリンに火花で引火したのだった。今度は、爆発音が空気を震わせる。黒い煙を上げる爆炎の中、ハガネの巨体が倒れた。


「はい。片付いたわ。衣折、あと少しがんばりましょう」


 有澄は、三白眼を細くして言った。口元はニヤリとしている。


 ウォッチドッグが再度ダイスを振った。その数、十二。ダイスを拾おうとする。


 有澄は気にせず、衣折に目で合図を送った。視線の先には、転がって気絶しているロン毛の金髪の男、イーグルがいる。


 伊織は、大剣を折り紙に戻すと、片翼の翼で軽く跳んだ。そして、イーグルの身体にカードを当てた。有澄に持って行けと言われたダイヤのエースだった。そのカードにイーグルが取り込まれた。


 衣折は、さっとそのカードを有澄に向けて投げる。彼女は、左手の人差し指と中指で挟むように受け取った。


 その間に、ウォッチドッグが十二体に増えている。


「衣折、頼んでもいい?」

「はい。有澄様」


 十二体のウォッチドッグが、次々と二人に襲いかかってきた。


 だが、メイドは攻撃を軽くかわしつつ、順番に手に持つカードを当てていく。一体また一体とカードに封じ込まれていく。衣折は、それらのカードを、殴る蹴るの攻撃をかわしながら、有澄へと投げる。


 有澄も、ウォッチドッグの拳や蹴りを華麗な身のこなしでかわしていく。衣折から投げられるカードを受け取りながらだった。『自動防御な自動手札』が反応しない程度の攻撃だと見切っている。


 そして、ついに衣折は、十二体のウォッチドッグをカードに封じた。イーグル含めて、十三枚のカードが有澄に渡る。


 ポイッ。


 有澄は、そのカードの束を、黒煙をあげて燃え盛る炎の中へと投げ込んだ。炎の中で、十三枚のカードはバラバラと灰になって消え去っていく。


「……A.I.には勝てない。それは誰もが知るべきこと。そうよね、衣折?」

「はい。有澄様」


 有澄は、広げたカードの束で口元を塞ぎ、目を細めて笑った。その横で、伏し目がちな衣折が、仕える様に寄り添い立っていたのだった。

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