第46話 デタラメなカードマジック

「有澄か。衣折さんに刺さっている矢を抜いてくれ。応急処置をする」


 レインは、抱いていた彼女を下ろすと告げた。スーツの上着ポケットから短く細い魔法瓶を取り出す。フタを開けて、中の水でハンカチを濡らした。


 有澄は、冷静沈着なレインに対して不服そうな顔だった。だが、衣折の辛そうな顔を見て、いたわる様な顔になる。乗っていたバイクから降りた。


 忍び装束の彼女は、手からカードを二枚生み出す。その二枚を衣折の右肩に刺さっている二本の矢にそれぞれ当てた。ボウガンの矢は、カードの中へ吸い込まれるように消えていく。


 カードに封じ込まれたのだ。その証拠にカードの絵柄は、ボーガンの矢が描かれたものになっていた。


「有澄様、ありがとうございます」


「いいのよ、衣折」


 矢が無くなった分、出血がひどくなる。


 レインは、彼女の傷口に濡れたハンカチを当てた。そして、異能を使った。衣折は、傷の痛みがひいていくのを感じる。同時に、彼女の顔は耳まで赤くなっていった。


「……レ、レイン様も、……あ、ありがとうございます」


 いつも以上にしおらしくなっている衣折を見て、有澄は面白くなさそうな顔である。


 レインは、衣折の応急処置をしながらも、周囲への警戒を怠らない。


 上空からウォッチドッグが三体、飛んでくるのに気づいた。そして、他に四体が、橋の終着点に向かって飛んでいく。シャインや桐明が狙われていることを、咄嗟に悟る。


「有澄、この場は任せる」


「は? 雫、何を言ってるの? 私たちを守りなさいよ」


「そっちこそ何言ってるんだ、有澄。誰かの依頼どおりに、桐明さんを守りにいくだけなんだが? それに守られるほど、弱くないだろ」


 さも当然というように話すレイン。それを見て、有澄はこめかみに血管が浮く。誰かのとは、もちろん風社有澄のことだ。レインは依頼に忠実であると言いたいのだった。


「……レイン様、この場はお任せください。有澄様は、お守りいたします」


「ああ。わがままな主人で、たいへんだと思うけれど、頼むよ」


 衣折は、優しい言葉をかけられて、瞳を潤ませる。そして、大きくうなずいた。


 メイドは、折り紙で作られた大剣を取り出して、具現化する。片翼の翼に大剣を持つポニーテールのメイドが、迎撃の姿勢をとった。


 レインは、再び御魂川の水を引き上げて、透明な絨毯を橋の終着点まで伸ばした。そして、その流れの上を走り出した。異能を使って加速する。


 彼は思う。シャインが、桐明を守りながら、四体のあの男たちを相手にするのはきついはずだ。



 ウォッチドッグ三体が空から、衣折を目掛けて落ちてきた。彼女は、片翼の翼を上手く操り、ひらりとかわす。


 三体が手を開くと、ボーガンの矢が三本、衣折を追尾してきた。だが、衣折は大剣を一閃して叩き落とす。


「分身のように増える異能かしら。……めんどくさいわね」


 そう言いながら、有澄はウォッチドッグに向かって、カードを手裏剣のように投げた。角刈りの男はそれを避ける。だが、そのカードからボウガンの矢が飛び出して、ウォッチドッグの右目にグサリと刺さった。


「衣折」「はい」


 声をかけられたメイドは、目に矢が刺さったウォッチドッグを大剣で縦に両断する。一体が崩れ去った。


 衣折が、有澄の前に立ち、守るように大剣を振う。


 有澄は、残る二体のうち一体に同じ様にカードを投げた。ウォッチドッグはそれを避ける。同じ様にカードからボーガンの矢が飛び出した。彼はそれをもかわしたが、体勢を少し崩した。


 そこへ、衣折が片翼で舞って大剣を振り下ろす。二体目も崩れ去った。


「衣折、さすがよ。美しいわ」


 メイドの主人は、うっとりと微笑む。残り一体となった。


 だが……有澄の背後に大きな影が浮かんだ。鉄を纏って巨体となったハガネだった。起き上がり、レインが仕掛けていた濃霧を抜けてきた。


「次から次へと、邪魔者がわいてきやがる」とハガネはぼやく。


「それは、こっちのセリフよ」と有澄。


 ハガネはイラついていた。両手にそれぞれ持った鉄骨を振り下ろした。片方は衣折を狙っていたが、彼女は大剣で鉄骨を斬った。後方に飛んでいった鉄骨が、大きな音を立てた。


 もう片方の鉄骨は、有澄を狙っていたのだった。忍び装束の彼女は、惑わすような動きで避けた。だが、乗ってきたバイクが鉄骨の餌食になる。車体が曲がり、ガソリンが漏れてきた。


「斬ったくらいじゃ、俺の異能は防げない」


 ハガネがそう言った瞬間、斬られて後方へ飛んだ鉄骨は操られて、有澄を狙って飛んできた。それと同時にハガネは、左手に持っている鉄骨で、有澄たちを薙ぎ払う。


 だが、飛ばした鉄骨も、薙ぎ払う鉄骨も、有澄たちに当たる前に、忽然と消えた。


「あら。防げないって言われてたのに、防いでしまったわ。ふふっ」


 有澄は、カードを扇子のようにし口元を隠して冷笑する。水色のサングラスの奥にある三白眼は、細くなって、ハガネを蔑んだ。


 衣折は片翼の翼で舞って、ハガネの巨体に剣を振る。


 ガキン。


 衣折の大剣を、ハガネは鉄の巨体の左腕で受けた。


 有澄のもとを、衣折が離れた刹那。残っていたウォッチドッグの脇をすり抜けて、赤い車が猛スピードであらわれた。有澄に向かって突進してきた。

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