第45話 折り紙メイドとその主人
前方にある橋の直線道路から、バイクが向かってくる。スピードを出したまま高度な運転技術を駆使して、次々落ちてくる鉄骨を縫う様に避けている。
「お迎えに行ってもよろしいでしょうか? 有澄様」
伏せ目がちな表情の女性が言った。メイド服に身を包み、髪はポニーテール。
「ええ。お願いできる? 衣折の戦う姿は、いつもほんとに素敵よ。今日も魅せてほしいわ」
衣折の横で、うっとりとした顔でそう言った女性は、右手に持つ扇子のようなもので口元を隠している。
年齢は二十代後半。漆黒の忍び装束を纏っているが、引き締まったウエストが露わになっている。ヘソ出しの上下だった。その装束はところどころは透けた布地になっている。ミディアムヘアの髪は、頭頂部から毛先にかけて、紺色から水色のグラデーションだ。水色の丸型サングラスの奥には三白眼。唇も薄く、白い肌。美人な印象を周囲に与えるだろう。隣のメイドと背の高さは同じくらいだった。
彼女の口元を隠す扇子のようなものは、よく見るとトランプのカードであった。
「かしこまりました」
衣折は、そう言いながら、スカートの裾をつかみ丁寧に礼をする。
「それと、これも持っていきなさい」
有澄は、カードの束を渡した。ダイヤのエースからキングまで十三枚。
衣折は受け取る。そして、懐から折り紙で作られた刀を二本取り出した。異能で具現化する。
二刀流となった衣折は、一気に飛び出した。折り紙を具現化した戦闘用ブーツで加速し、天使の羽を広げて、舞うように跳ぶ。羽も折り紙を具現化したものだ。
シャインのバイクを狙って飛んできた太い鉄骨を、二刀でバラバラに斬り落とした。さらに、衣折は、バイクを自動追尾しているボウガンの矢を斬り落とす。
「ありがとッ! 衣折ちゃん」
シャインは、すれ違う瞬間に告げた。
「有澄様が、先にいらっしゃいます」
衣折も、同時に告げる。
メイドは、バイクが無事に駆け抜けていったことを確認すると、橋の横にある三角形が連なった鉄骨の一部に視線と身体を向けた。そして、一気に接近して鉄骨を斬る。
わずかにズレたところで、ハガネが鉄骨から半身を出した。
「ちっ、気づかれていたか」
ハガネは、そのままトラス構造の鉄骨を何本も身体に吸収し、操って変形していく。中折れ帽の男は、まるで重厚な鎧をまとったロボットのようになった。
「悪いが、容赦はしない。そう決めた仕事だからな」
鉄の巨体を纏ったハガネが、そう言った。衣折は二本の刀を構える。
*
シャインは衣折とすれ違った後、橋の終着点へ向かう。もう一人の人影に向かって、バイクを走らせた。そして、その人物の前で、停車する。
先にその人物が口を開いた。
「……初めまして、桐明育久さん、陽向咲輝さん。わたしは、風社有澄。以後お見知りを」
「有澄ちゃん、よろしく!」
シャインは、スキャンゴーグルを首におろしながら、にっこりと微笑んだ。
有澄は口元を隠したまま、水色の丸型サングラスの奥にある目を細める。
「桐明さん、このカードを持っていてください。念の為」
有澄はそう言うと、シャツの胸ポケットにカードを一枚入れた。クラブの3だった。
「引き続き、桐明さんの護衛をお願いしてもよろしいかしら。衣折の戦いをもっと近くで観たいの」
有澄はシャインの返事を待たずに、一枚のカードを取り出した。そのカードから、バイクが召喚される。それにまたがり、戦場となっている橋の中心へと向かっていった。
風社有澄の異能は、自らが具現化したトランプのカードに、ものを封じ込めることができる。そして、本人の意思でカードからの出し入れが可能だった。ただ、それだけの能力なのだ。
「有澄ちゃんの異能、面白いなぁ。あ、でも、あれで戦えるのかな?」
シャインは首を傾げながら言った。桐明と晴れ女は、橋の上で繰り広げられる戦闘を眺める形になった。
*
「あーあ、ハガネさん、バイクに逃げられてやんの。仕方ないな」
イーグルが額に手のひらを当てて、遠くを見ながら言った。ボウガンの矢を数本、謎のメイドに向けて異能を使って狙い放つ。そして、傍にいるウォッチドッグに向けて、続けた。
「解除して、ダイスを振り直しだな。で、メイドとバイクの女のところに送ってやるよ」
それを聞いたウィッチドッグはうなずき、異能を解除した。転ばされ濃霧の中にいた五体は崩れ去る。そして、ダイスを振った。出た目の合計は八だった。
「お、なかなか良いんじゃない? じゃ、行ってきな」
イーグルは鞄からボウガンの矢を七本取り出すと、ウォッチドッグの分身に持たせてから異能を発動させた。
四体は、シャインのバイクを狙って飛ぶ。残り三体は、謎のメイドに向けて飛ばされた。
そして、イーグルとウォッチドッグは赤い車に乗り込む。赤い車はキュルキュルと音を立てて旋回した後、一気に速度を上げた。今回も、運転手はウォッチドッグだ。
*
鋼鉄のロボットのような外観になったハガネは、人の身長の三倍はある大きさだった。天使の羽を持つメイドに襲いかかる。左右の手に一本ずつ鉄骨を持って振り回す。
ハガネは金属と同化し操れるため、ロボットのような外観にも関わらず、人の様なしなやかな動きを見せる。
「さっさと、片付けさせてもらう」
ハガネは言いながら、右手で持った鉄骨を振り下ろした。アスファルトが砕ける。衣折は、かわしていた。
だが、叩きつけられた鉄骨が変形する。何本もの鋭い棘のようになって、衣折を追いかけるように伸びた。
「斬ッ!」衣折は二刀流で斬り落とした。
だが、伊織の右肩に激痛が走る。見ると、二本のボウガンの矢が刺さっていた。純白のフリルが紅く染まっていく。思わず落とした右手の刀は、折り紙に戻っていった。
「……くっ」
衣折は、痛みで顔を歪ませた。
「はははッ。わかってるじゃねえか、でかしたイーグル」
ハガネはそう言うと、左手に持っていた鉄骨を振り降ろした。衣折は間一髪かわした。だが、天使の片翼が潰される。そして、その動きを予想していたハガネは、再度右手に持っている鉄骨を振り上げた。
突然、ハガネはメイドを見失った。開いた傘が目の前に舞って、視界を遮ったのだ。鉄骨を振り下ろすのが一瞬遅れる。
ガキンッとアスファルトを叩く音が鳴った。予想していた肉を潰すような感触が、ハガネに伝わってはこない。
「危なかった。大丈夫か」
敷かれた水の透明な絨毯。その上を滑るようにレインが走り抜けて、衣折を抱き上げて救ったのだった。衣折の左手に持っていた刀は、手放されてしまったので、折り紙に戻っていく。
「……は、はい。ありがとうございます」
衣折は、顔を紅潮させて礼を言った。レインは水の塊を操り、巨体のハガネの足元に滑らせ、転ばせる。派手な金属音が鳴り響いた。さらに、その水から濃霧を発生させる。
「ちょっと、雫。私の衣折に、何してんのかしら?」
レインは、衣折を抱いたまま名前を呼ばれた方向を見た。バイクにまたがって腕組みをしている風社有澄が、そこにいたのだった。冷たい視線をレインに向けていた。
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