第44話 疾走を迎える風
レインとシャイン、そして桐明の前に、敵が立ちはだかっている。
角刈りで屈強な十一体のウォッチドッグ、金髪ロン毛のイーグル、中折れ帽子で黒ジャケットの男ハガネだった。
「おい、そこのお兄ちゃんとお姉ちゃん、桐明育久をこちらに渡せば、見逃してやるぜ」
ハガネが言った。眼の前に鉄製のステッキを立てて両手をそこに重ねている。数の圧倒的優位さで圧力をかけながらの言葉だった。
ウォッチドッグの異能は、手のひらから具現化したダイスを振ることで発動する。出た目の数だけ、本人と変わらない分身を出せる。いや、正確にはどれもウォッチドッグ本人であり、分身でもあった。
なので、いくら倒されても、ダイスをまた振ることさえすれば分身を増やせる。制限は、ダイスが二個までだ。そして、増える体の数は二個のダイスを転がして出た目の合計までなのだった。つまり、最大十二体。
五と六の目が出たので、十一体。その結果に、ハガネは満足していた。
「見逃す? こちらは見逃す気はないんだが」
そう言いつつ、レインはスキャングラスをタップする。中折れ帽の男はレベル4のレッドだった。雨男の右手には、布地が切れ骨組みが歪んだ傘が握られている。
「あの鉄のステッキを持った中折れ帽の男は、レベル4のレッドだ。他はレベル3、オレンジ」
レインはスキャンした結果を、シャインと桐明に共有した。そして、続ける。
「俺が相手をするから。シャイン、桐明さんをバイクに乗せて
「りょーかいです。……レインさん、やっぱり怒ってる」
シャインは、やれやれといった感じで、桐明にヘルメットを渡した。
「し、しかし、雨は止んでしまいましたよ」
桐明は不安そうに言った。相手の数の圧力に怯えている。しかし、護衛の二人は、そんなことに屈していないようだった。
「そうですけどね。でも、相変わらず無敵のままだと思います、ここなら」
そう言って、シャインはパイロットゴーグルをかけてバイクにまたがった。晴れ女は、桐明に後に乗るように促す。
「おいおい、逃すかよ。やれ、イーグル、ウォッチドッグ」
ハガネに言われたイーグルは、ボウガンの矢を幾本も放つ。十体のウォッチドッグが一気に迫ってきた。一体だけは、ハガネやイーグルの側にいる。倒されたとしても、またダイスを振ることができるからだった。
襲いかかってくる十体の角刈りの男。誘導弾のようなボウガンの矢も、レインたちに迫ってきた。
シャインは、エンジンがかかったままのバイクで待機している。そして、後ろに座った同乗者に伝える。
「桐明さん、しっかり私につかまっていてくださいね。振り切るんで」
レインが右手を右下に下げた。そして、何かを持ち上げるように挙げた後、左に投げるように振った。
その動きに呼応するように、
「行けッ!」
レインのその言葉に従い、シャインはフルスロットルでバイクを加速させる。そして、敵三人の眼の前でバイクが軽く跳ねた。
シャインのバイクは桐明を乗せたまま、赤い車を踏み台にして、さらに跳ねる。
桐明はタブレット端末が入った鞄を抱えながら、シャインの肢体につかまっていた。シャインのバイクは、見事に着地すると、アスファルトにタイヤ痕を残す勢いで加速する。バイクのマフラーからは爆音が吐き出される。
「イーグル、バイクを逃すな。俺もやる。ウォッチドッグは、あの男を倒せ」
ハガネが、シャインのバイクを目で追いながら言った。イーグルとウォッチドッグは従う。
イーグルが再び何本ものボーガンの矢を放った。それらは、シャインのバイクを狙って加速する。
ハガネは、鉄の杖をついている右手はそのままに、双空橋のトラス構造を取っている鉄骨に左手を向ける。シャインが向かう先にある、鉄骨を狙って異能を発動させた。
鉄骨が崩れて、シャインを狙うように、次々、飛ぶように落ちてくる。
晴れ女のバイクは、隙間を縫うようにかわしながら進んでいった。鉄骨が次々と落ちてきて、甲高い金属音を撒き散らす。
ボウガンの矢が幾本も、バイクを狙って加速する。迫ってくる。
ハガネは、かわされて路上に落ちた鉄骨を再度操って、シャインのバイクに向けて飛ばす。
「イーグル、俺は先に行くぞ。追ってこい」
そう言うと、ハガネは走り、橋の側面にある鉄骨に触れた。彼の身体は鉄骨に溶け込むように消える。三角形を繰り返すような鉄骨は、橋の先まで連なっている。
レインとウォッチドッグは向かい合っていた。ウォッチドッグが、手のひらにダイスを出現させる。出た目は、六。彼は、再び六体になった。
だが、レインはそれを気にせず、ハガネの行動を見ていた。レベル4、レッドの異能者。そして、おそらく鉄などの金属を自在に操る異能だ。鉄に溶け込んで移動か。
「悪いな。お前らの相手をしている場合じゃないようだ」
レインは、目の前の六体に告げる。だが、それを聞かずに、五体が襲いかかってきた。
軽く息をつくと、レインは異能を発動させた。川から水柱を上げて、巨大な水のかたまりを橋の上に降ろした。ウォッチドッグ五体の足元へ、薄く伸ばした水を這わせて、滑らせる。五体が転んだのを見て、すぐに濃霧を発生させた。
レインは、濃霧でウォッチドッグの視界を封じたのだ。そして、傘を持ったまま走り出す。勢いがつくと自らの足元に水を這わせて、それに乗った。
水は先にも流れていく。直進する水の道ができていく。レインは、その上を滑るように加速して走る。さながら、動く歩道の上を走るように。
雨男は、その異能によって分子間力や水素結合を作用させ、靴底と水を適宜密着させていた。滑らずに地面を蹴るように、流れる水の上を走れるのだった。
*
シャインのバイクは、幾本のボーガンの矢に追われながら、降ってくる鉄骨をかわし続けていた。桐明は、シャインの身体にしがみつくのが精一杯だ。
ついに、橋の終着地点が近づいてきた。
そこに、二人の人影が見える。シャインのスキャンゴーグルが、その一人の情報を表示した。
緊迫した状況にも関わらず、シャインは口元に笑みを浮かべる。
スキャンゴーグルのディスプレイには、
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