第42話 金属異音

 貸し会議室で相談したとおり、レインと桐明はシルバーのコンパクトカーに乗っていた。車はすでに命音区を抜け出し、双雷区に入っている。南下を続けていた。


 強くなった雨が、車のルーフを叩いて音を鳴らしていた。フロントガラスを忙しなくワイパーが行き来している。


 少し距離を置き、シャインはスポーツタイプのバイクで駆る。服装は、着替えていた。白のツアラージャケットに濃いグレーのパンツだ。スキャンゴーグルをかけられるタイプのヘルメットを被っている。


 道路に敷かれた薄い水の布を切り広げるように、バイクは直進していった。


 シャインは、この強い雨の中でも、バイクを乗りこなしている。スキャンゴーグルで、レインたちの位置を確認しつつ、 二人組の追っ手の『信号』がまだ遠くであることも確認した。


 だが、追いかけられているのは間違いない。少しずつ距離が縮まっているし、迷わずこちらに接近してきている。警戒は怠れない。


 ふと、二階程度の高さを飛ぶものがキラリと光って過ぎていった。さらに時間差で、別の飛ぶものが光った。右後方から連続で飛んできたようだ。追手の二人組がいる方から飛んできたのは間違いない。一直線に、レインたちの車へと飛んでいった。



 桐明は、車内の助手席でワイパーが動くのを見ながら言った。


「レインさんたちは、何者なのですか?」


 貸し会議室で聞きそびれていたことだった。


「特殊人材派遣会社『ウィル』のエージェントですよ。風社の依頼で、派遣されてきました」


「……ということは、お二人とも異能者なのですか?」


 桐明の質問に、レインはうなずいた。それを見た桐明は、レインというコードネーム、そして研究所の正門で感じたことから、雨や水を操る能力なのではと推測する。


「シャインさんが、雨の日ならあなたは無敵だと言ってました」


 桐明の言葉に、レインはすこし喜んだ様だったが、告げた。


「異能者同士のバトルは相性。この雨の中、俺の異能を発揮しても、苦戦する異能はありえます。なので油断はできません」


 レインのその言葉を聞いて、桐明はシャインという女性と正反対な性格だと感じる。冷静沈着、慎重で神経質。そんな印象だった。車の運転も随分と違う。乗り心地にも違いが出ている様だ。



 雨が小降りになり、フロントガラスのワイパーもやる気をなくしたように掃く頻度が減っていた。


 ガキンッ!


 突然、車のルーフから金属に金属を突き刺すような甲高い音が響いた。レインは路肩に車を停める。


「桐明さんは、安全が確認できるまで、車からは出ないでください」


 言われた桐明は、うなずいた。レインは車から降り、傘を広げた。異音がした車のルーフを外から確認する。


 そこには、ハサミが刺さっていた。レインはハサミを抜き取ろうとする。その時、レインの傘布を突き抜けて、上空から何かが落ちてきた。


 ガキンッ!


 今度はペーパーナイフだった。車のルーフ、つまり天井に刺さっている。レインはすぐさま周囲を警戒するように見回す。


 それから、レインは傘の一部の布がきれいに裂けていることに、一瞬、眉間にシワを寄せた。


 だが、レインは思考する。


 研究所の正門であった二人組の男の位置は、まだ離れている。だが、距離は確実に縮まってきている。やはり何かしらの異能で追いかけられている可能性が高い。


「桐明さん、これらに見覚えがありますか? 先ほど鳴った金属音はこれらが原因の様です」


 レインは車のルーフに刺さっていたハサミとペーパーナイフを、車内に待機している桐明に見せた。彼の表情が驚いた形になる。


「……どちらも、研究所で私が使っていた物です。自室のデスクに置いてきたはずです。なぜここに?」


 二人が話しているところに、シャインが合流した。


 またがっているバイクはエンジン音を立てている。桐明は、電動式バイクではないのかと思った。


「レインさん、どうしました? 急に停車して」


 シャインが、傘をさしているレインに聞く。同時に、彼女のまわりから湯気が揺らぐ。異能で乾かしているのだ。


「研究所に置いてきたはずの桐明さんの私物が飛んできて、車に刺さっていた。どうやら、本人を狙って攻撃したようだ。こっちもあの二人組の位置はわかっているが、向こうもこっちの位置がわかっているようだ」


「わかりました。間に入って、二人組を邪魔しますか?」


 シャインは、そう言いつつも、レインの機嫌が悪いことに気づく。そして、傘布の一部が裂けているのを見つけた。


「いや、いい。このままのフォーメーションで行くぞ。距離が空いている間に進んでしまおう。仕掛けてきてるなら防ぐまでだ。それに敵が二人とは限らないからな」


 そう言って、レインは傘をたたみ、運転席に座ろうとした。雨空である以上、シャインは無制限に戦えない。戦力は分散させない判断だった。


「レインさん、ちょっと怒ってません?」


 晴れ女の問いに、雨男は「ああ、ちょっとな」と告げて、車のドアを閉めた。


 シャインは、無敵な雨の日にレインの怒りを買ってしまった相手を、すこしだけ哀れんだ。


 *


「んー、本人には当たらずに車のどこかに当たった感じっすね。車もターゲットにできたので、どうします?」


 金髪ロン毛のイーグルが告げた。後部座席にのハガネが答える。鉄製のステッキが彼の横に置かれていた。


「逃したくないんだから、わかるだろ。桐明が乗っている車を止めろ」


「じゃ、すいません。ハガネさん、そこショルダーバッグの中からボーガンの矢束を取ってもらえますか?」


 言われたハガネは、それを見つけると、仕方ないといった感じで鞄ごと助手席の方へ放り投げた。ガシャンと音が鳴った。ショルダーバッグの中には、他に鉄パイプが数本入っているようだ。


 角刈りで体格の良いウォッチドッグが大人しく運転している。だが、法定速度をかなり超える勢いだった。


「車を止めるなら、やっぱりタイヤ狙いだろうな」


 独り言のように言いながら、イーグルは車の窓をすこし開けて、五本ほどボーガンの矢を捨てた。その捨てられた矢は、まるで戦闘機から放たれる誘導ミサイルさながらに、車の横で浮いた後、速度を増して上空へと飛んでいった。


「ウォッチドッグ。桐明の車が停まったらな、お前が先に行って暴れてろ。ああ、もちろん運転も続けろよ」


 一人では無理なことを言われたのに、ウォッチドッグは肯定のうなずきをした。

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