第41話 情報共有と作戦

「『魔女』を研究することは、禁忌なのですか?」


 桐明は、知的好奇心を刺激されてレインに問う。


「……すまない。俺にそれを咎める資格はなかった」


 シャインは、そう言ったレインの横顔を見つめる。そして告げた。


「まずは、風社邸までの護送を完遂させましょう。話はそれからで。ところで、レインさん、正門での足止めで何かわかりましたか?」


「ああ。桐明さんを追いかけようとしていた二人の男は異能者だ。レベル3、オレンジだった」


「どんな異能かはわかりましたか? それとも、もう倒しちゃいました?」


「いや、どっちもノーだ。あ、いや、倒すというか、転ばせはしておいた」


 レインは研究所正門での出来事を共有した。具体的な異能は不明であり、合流を優先して、足止めだけして戦闘は避けたことを伝える。


「雨で無敵なんですから、やっつけちゃえば良かったのに。その方が楽ですよ」


 シャインが口を膨らませて言った。


「追手がその二人だけと確証があったら、そうしてたさ。あまり桐明さんのそばを離れるのはリスクが高いと判断した。桐明さんと情報を共有して、目的を理解してもらう方が優先だ」


 その言葉を聞いたシャインは、納得した。慎重で神経質なレインらしい判断。それに天気予報が、数時間は雨だと告げている。彼に有利な時間はまだ続く。だが、夕方には上がるらしい。シャインは携帯端末の天気予報アプリの雨雲レーダーをすでに確認していた。


「ということで、桐明さん、タブレット端末は無事に持ち出すことはできましたか?」


 レインは、もう一つの護衛対象を確認したくて訊く。


「……は、はい。研修所内で私がアクセス可能だった研究データは、すべてここに入れてあります」


 桐明が鞄からタブレット端末を取り出した。


「今回、俺たちに依頼されているのは、桐明さんとそのタブレット端末の護衛です。お手数ですが、常に肌身離さずにタブレット端末を持っておいてください。対象が分かれると護衛の難易度が上がりますから」


 桐明は、レインの言葉にうなずいた。令美と栄美を救うための希望がこの中に入っているのだ、言われるまでもない。そして、ふと思い出した。冷凍保存している細胞のサンプルなどのことだ。


「研究所内で受け取ったメッセージの中に、研究をできる場所を用意してくれるとありました。だが、研究対象のサンプルは、まだ研究所の冷凍庫に保存されています。それは持ち出していないのです。常温になってしまうと保存がききませんし……。研究できる施設があっても、研究ができない」


 レインは、そのことを聞いて、すこし考えてから、応える。


「……なるほど。ひとつだけ言えることがあります。俺たちの依頼人、風社有澄は、台風サイクロンのような人間です。つまり、何もかも自分のものにしようと巻き込もうとする人物です。あなたという優秀な人材とその研究データを確保しようとしているのに、研究対象のサンプルを見逃すはずはないでしょう」


 桐明は、そのことを聞き、すこし安心した。同時に不安にもなった。どうやって、冷凍保存が必要なサンプルを研究所から入手するのかと。


「有澄ちゃんって、そんな人なのですか?」


 シャインが問いかけた。まだ会ったことない相手に『ちゃん付け』している晴れ女を見て、雨男の顔はひきつる。


「……まぁ、欲張りな女だが、悪い奴じゃない。ああ、気に入られると、ちょっと面倒なところがあるな」


 そう言った後、レインはスキャングラスで、桐明を解析した。異能レベルも市民情報も表示されなかった。該当なしのメッセージがレンズに浮かんだ。


「桐明さん……三年前にあった女神ヶ丘市のパンデミックは、ご存知ですか?」


 レインは、好奇心を抑えられずに聞いた。桐明は首を横に振る。メイドの衣折から聞いていたとおりだ。研究所を出ることなく生活していたからか。


「シャイン。桐明さんの位置情報は、貸与したスキャングラスを追う形にしといてくれ。桐明さんから『信号』は出ていないから」


「あ、市民なのに、そんなこともあるんですね。承知しました」


 シャインは、細かいことは気にしていないようだった。


 桐明は、パンデミックという言葉がひっかかる。三年前に何かあったのか。言葉どおりの意味なら、何かしらの感染症が大流行したということだ。


「一旦、追手は足止めして、まきましたが、あの二人は異能者でした。こちらを追跡可能な異能を持っている可能性もあります。そこで、護送の方法とルートを確認しておきたい」


 レインの言葉に、シャインも桐明もうなずいた。


「空無区に入ることができれば、風社からの援護も受けられる手筈になっています。今いる命音区から双雷区を抜けて空無区へ入る形で、なるべく最短ルートで行きましょう。車の運転は俺が。桐明さんも同乗してください」


 レインは、シャインの顔を見てさらに続ける。


「シャインは、バイクで別行動だ。車から一定距離をおいて追手が来るかの確認。見つけたら、仕掛けてもいい。雨だから気をつけろよ」


「わかりました。充電は、九十四パーセントなのでバッチリですよ」


 シャインの返答を聞いて、桐明はバイクは電動なのかと推測した。


「それから、空無区にある風社邸は、双空橋そうくうばしから渡った方が近い。目印としても分かりやすいし、風社の支援も受けやすいはずだ」


 双空橋とは、女神ヶ丘市の双雷区と空無区の間を流れる御魂川みたまがわに架かる大きな橋のことだ。


「あ、肝心なことを確認したいです。レインさん、追手の人たちをターゲティングしたのですか?」


 ターゲティングとは、ホワイトムーンに強化してもらったスキャングラスの機能だ。『信号』が出ていれば、市民情報を照会できなくても、対象の位置情報を受けて追跡が可能なのだった。アメジストとシミターを追いかけた時に使った機能だ。


「ああ、してある。追手二人のターゲット追跡を、スキャンゴーグルに共有しておこう。もちろん、桐明さんのスキャングラスにもだ」


 そう言って、レインは自分のスキャングラスを操作して、二人に追手の追跡信号を共有した。

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