第40話 追及と追跡
髪を七三分けにしスーツを着ている男は、携帯端末の着信に気づいた。そのディスプレイには「ハガネ」と表示されている。応答した。
「はい。
「おい、検見崎。話が違うんじゃないのか?」
「どうしました?」
「桐明が研究所を出ていった。奴は簡単に研究所から出られないって、お前言ってなかったか?」
それを聞いた検見崎は、考え込んだ。なぜ、このタイミングで研究所を出ていったのか。不審に感じる。ノーブル・ギャンブルのエージェントが手引きをしたのかとも考える。
「……おい? 聞いてるのか?」
「あ、はい。すいません。何があったのですか?」
検見崎は、通話相手の機嫌の悪さを気にせずに、もう少し情報が必要だと聞きこむ。
「お前からの依頼で、イーグルとウォッチドッグをユニオンセル研究所に送り込んでいたんだ。それに勘づいたのか知らんが、ターゲットである桐明は今日の午後イチに研究所を出ていった。しかも、奴の身分なら身体検査と手荷物検査が必須なはずなのに、それらは免除されていたらしい」
ハガネの説明を聴いた検見崎は、イーグルが金髪ロン毛の男、ウォッチドッグが角刈りで体格の良い寡黙な男だったなと記憶を確認する。
そして、桐明との面談を思い出す。
あの時、彼が首から下げていたIDカードは青の帯だったはずだ。彼は外に研究データを持ち出せないなと思った記憶が蘇る。なので、白の令美が桐明を迎えにでも来ない限り、研究所から出ていくことはまず無いと踏んでいた。
「ということは、何かしら研究データも持ち出した可能性があるということですか?」
「……俺に聞くな。だが、身体検査と手荷物検査を免除される段取りをしていたなら、研究データとやらを持ち出す気は満々だったと思った方がいいぜ」
ハガネの言うことは、もっともだ。検見崎は同意を示した後、述べる。
「では、イーグルさんの異能で追いかけるしかないですよね。あなたたちの任務は、二つ。一つは白と黒の双子の確保。もう一つは桐明の処分。研究データを持ち出された可能性があるなら、その確認と始末もお願いします」
「言われなくても、わかってる。いちいち言うな。それからな、イーグルとウォッチドッグが雨の中、桐明を追いかけようとしたんだが、突然濃霧になって見失ったんだと。そんなことあり得るのか。ついでに言うと、二人そろって霧の中で転んだんだとよ」
検見崎は、ハガネからの情報で考察する。研究所の中に、そして外にも桐明を守ろうとしている何者かの気配を感じるのだった。
「桐明を逃して、
「……ああ。面倒なことになってきている。満月の夜に、双子を捕らえて、無能の助手を殺して終わりって簡単な仕事だったのによ」
ハガネは、不満を吐いた。
「……仕方ありませんよ。私は、研究所内で桐明を手引きした者がいないか調査しましょう」
「当たり前だ」
どうやら、ハガネは仕事の手間が増えたことで、かなりストレスを感じているらしい。
「今から、イーグルとウォッチドッグに研究所で合流する予定だ。俺たちは、桐明を追う。邪魔する奴がいたら、容赦なくでいいんだよな?」
「ええ、それは問題ないです。遠慮せずに」
それを聴いたハガネは、通話を切った。検見崎も携帯端末をスーツのポケットに収める。
*
シャインの携帯端末に再びコールが入った。レインからだった。それとほぼ同時に貸し会議室のドアがノックされる。桐明はドキッとした。
「レインさんなので、大丈夫」
そう言うと、シャインはドアに近づいて、ガバッと引いて開けた。開いたドアの先には、メガネをかけたスーツ姿の男がいた。傘を右手に持っている。先ほど研究所の正門ですれ違った人物のようだ。
「待っていましたよ」
「ここまでは?」
「追跡はされていないと思います。レインさんが来るまで異常なしでした」
レインはそれを聞くと周囲を鋭く観察して、桐明に目を合わせた。桐明は、彼の糸のような細い目の奥に鋭いものを感じる。
「初めまして。レインと言います。シャインと共に、あなたを護衛して、安全な場所へお連れいたします」
「風社邸に連れていくことは、お伝えしました。着替えとスキャングラスの貸与は済んでいます」
シャインは、レインに情報を共有する。彼はうなずいた。
「あ、あのレインさん。なぜ私は風社という者に招かれているのですか? そんな知り合いはいないのですが」
桐明は、置かれている状況を少しでも明らかにしたかった。
「……おそらく、シャインから風社が『魔女』に関係するということは聞いているかと思います」
レインのその言葉と視線を受けて、シャインは頬を右の人差し指で触りつつ、目線と顔をそらす。
予想通りと思ったようで、レインは続ける。
「桐明さんは『魔女』についての研究に携わってらしたのですよね。風社がおそらく求めているのは、研究成果とあなたという人材です。これは、あくまで俺の推察ですけれどね。まぁ、風社邸で我々の依頼主に会えば、はっきりするでしょう」
「依頼主というのは? それから風社邸はどこに?」
「依頼主は、
レインは、これ以上ないくらいに簡潔に答えた。
「私は、確かに研究所で『魔女』に関係する研究をしていました。でも、『魔女』が何かを知らない。教えてほしいくらいです」
その言葉を聞いたレインは、小さく息を吐いてから返す。
「それはきっとお互い様でしょう。なぜ生物学研究所で『魔女』を対象にした研究が行われているのか? 俺はそれが知りたいくらいです。禁忌をおかしている自覚はあるのかと……」
レインのその言葉を聞いて、桐明は驚いた。
*
雨降るユニオンセル生物学研究所の正門に、赤い車が来た。運転席には、中折れ帽を被り、白いTシャツに黒のジャケットを羽織った男がいる。ジーンズ姿で三十代後半だが、身体は引き締まっていた。
男は運転席から銀色帯のIDカードを見せる様にかざし、守衛に軽く会釈をした。守衛は正門の踏切を開ける。赤い車のワイパーも同調するように動いて、フロントガラスについた水を掃いた。車はそのまま通過する。男は駐車場に車を停めると、傘をささずに鉄製のステッキをつきながら、研究所の入口に向かっていった。
そして、研究所内の会議室に入る。そこでは、金髪ロン毛の男と角刈りで体格が良い男が待っていた。
「ハガネさん、すいません」
金髪ロン毛の男が謝った。角刈りの男も頭を下げる。
「イーグル、ウォッチドッグ、面倒なことになったな。すぐに追跡するぞ。準備はできているか」
その言葉に、イーグルと呼ばれた金髪ロン毛の男はうなずく。そして、いくつかの品物が会議室のテーブルに並べられていた。写真立て、ハサミ、ペーパーナイフ、ボールペン、ノートなどだった。
「桐明の私物です」
イーグルの言葉に、ハガネはうなずく。
「車で来た。乗り込んだら、異能を使って追跡するぞ」
それを聞き、イーグルは鞄に桐明の私物を入れる。他にもう一つ、ショルダーバッグがあった。ウォッチドッグがそれを担ぐ。
雨降る駐車場に来ると、三人は車に乗り込んだ。ハガネは出る時も車から守衛に銀のIDカードを見せて、抜ける。車が研究所の正門を出た。
「よし、イーグル、やれ」
ハガネは後部座席に移動して、運転席にはウォッチドッグが座る。助手席のイーグルが桐明の私物であるボールペンに触れた。すると、それは宙に浮き上がった。そして、何かを求めて、車内を浮いたまま進み始めた。すぐさま車のフロントガラスにコツンコツンとぶつかり続ける。
「位置情報はわかるのか?」
ハガネが聞いた。イーグルが提案する。
「今の位置情報でよければ、カーナビに入力しましょうか」
「適宜、入れ直して追跡しろ」
ハガネたちは、桐明の追跡を開始した。
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