第36話 紙くずメッセージ

「ユニオンセル生物学研究所で行った監査の結果をご報告します。正確には、ある疑いを持って行った調査のご報告にございます。研究所の外で実験体と思われる二体が見つかったこと。つまり、研究流出の疑いです」


 検見崎は、会議に出席している面々を確認しながら言った。


 螺旋の囚人およびユニオンセル生物学研究所の上役たちが集合している会議の場であった。螺旋の囚人という組織は監査法人であるが、同時に、研究所に対しての最大出資者でもある。


「結論からお伝えします。魔女の複製体であるNo.11およびNo.12は、死亡しておりません。『ノーブル・ギャンブル』という名の組織に渡ってしまいました。また、どちらの実験体も異能を発現しています」


 検見崎の言葉に、会議の面々はどよめく反応をした。


 会議室のプロジェクタースクリーンに、No.11とNo.12の情報が表示される。異能についての情報も記載されていた。令美の『瞬間移動の異能』と『遠くが見える異能』、そして栄美の『異能を目覚めされる異能』もだ。


「肝心の不死性は、認められていたのか?」会議メンバーの一人が問うた。


「その不死性確認の実験で、死んだことにして偽装していた様です。なので、二体の不死性は不明です」


「実験体を取り戻せないか?」


「二体の教育係だった桐明育久きりあけいくひさ助手に、令美の瞬間移動でこっそり会いに来ている様です」


 検見崎は、人に対しての調査であれば右に出る者はいないと自負している。それに特化した異能者だからだ。


 その異能は、相手に自分の本名を伝え、面と向かうことで発動する。相手の行動ログを検索し閲覧することができるのだ。キーワードを相手に伝えないといけない条件はあるけれど、それで膨大な行動ログからキーワードだけに反応したものだけを見れる。


──手繰令美から『瞬間移動の異能』と『遠くが見える異能』についての告白を聞いた。


 といった形で読むことができるのだ。白と黒の双子の異能について、桐明の行動ログを閲覧して得た情報だったのである。


 今回の監査という名の疑惑調査は、女神ヶ丘市内で異能を与える白と黒の魔女が噂されていたことがきっかけだった。特徴が実験体のNo.11とNo.12と酷似していたこと、そしてロット廃棄後、つまり白と黒の双子が殺処分となった後に、巷で存在が浮かんだからだった。


 万が一、実験体が外へ逃げたのであれば、研究所の外へ手引きした者がいるはず。そして、隠すための偽装工作をした者がいるはず。


 検見崎が疑ったとおり、桐明は黒だった。ノーブル・ギャンブルのエージェントにつながっていることを、異能を使って確認できた。これ以上の研究情報流出は防がないといけない。


「では、彼に会いに来たタイミングで、実験体の二体を眠らせて確保すべきだろう」


 誰かの発言に、会議メンバーの多くが賛同を示した。


「その後の桐明については、いかがいたしますか?」


 検見崎は一応、上役達の意向を伺った。


「分かりきったことを聞くな。使い古された言葉通り……裏切り者には死をだ」


「では、念の為、螺旋の囚人から異能者を手配しても良いですね?」


 そう言ってから、検見崎は誰も異を唱えないことを確認した。

 次の満月がいつなのかを確認しなくてはと、彼は思った。


 *


「おはようございます。……桐明さん、研究に打ち込みすぎです。もう少しご自身を労ってください」


 紙束栞かみたばしおりから朝一番に言われた。桐明にとっては、実験のためにほぼ徹夜でむかえた朝だったのだ。おそらく目の下のくまが、すごいことになっているのだろう。


 生返事をし、少し仮眠を取ることを告げた。


「承知しました。では、実験データをまとめておきますね」


 栞はいつもどおり、丁寧に応じてくれた。桐明は、研究所内の仮眠室へと向かう。


 仮眠室は、二段ベッドがいくつか置かれている部屋だった。空いているベッドなら誰でも使って良いことになっている。ただ、女性所員がここで寝ることはまずなかった。


 切明は、メガネを外し倒れ込むようにベッドに横になった。


 寝ていると、顔に何度もガサガサと紙が当たる感覚があって目を覚ました。なんだかわからないが、その紙を右手で掴んだ。丸められた紙だった。そして、左手の腕時計を確認する。すでに三時間ほど寝ていた。


 メガネをかけて、手にした紙をおもむろに広げてみた。


──次の満月になる前に、ここを出る必要があります。白と黒の双子の生存、あなたへの逢瀬がバレています。また連絡します。この紙は燃やすなどの処分をしてください。


 と、走り書きがされていた。奇妙だった。ふと、クリスタルが来て、これを残していったのかと思った。だが、彼女は偽装工作の後、研究所に忍び込んでくることはなかったはずだ。今さら来たのか?


 だが……こんな遠回りな連絡方法はしてこないだろう。クリスタルなら、壁を抜けて仮眠室に直接忍び込んで起こしてきそうだ。


 紙に書かれていた内容で、大きな不安を覚える。だが、次の連絡があるまで、何をしたらいい? 書かれていたことは本当なのか? 桐明は研究に身が入らなかった。



 研究所の食堂で日替わりランチ定食を食べていると、テーブルの下の自分の足元に丸まった紙くずが落ちていた。思わず拾って広げてみる。


──研究室のあなたのデスクの一番下の引き出しに、タブレット端末があります。アクセスできる研究データすべてを、それに入れてください。急ぐように。


 また謎の紙くずだった。一方通行のメッセージだ。桐明は、研究室に戻ると、半信半疑でデスクの一番下の引き出しを開けた。驚いた。そこには、メッセージのとおりタブレット端末が入っていた。


 夜、研究室で一人になったのを確認してから、そのタブレット端末の電源を入れた。起動後、ロック画面になったが、覗き込んだ桐明の顔を認証してロックが解除された。すでに桐明用にセットアップされていた。


──人気のないところで、このメッセージを見ているなら、『次へ』をタップしてください。


 ポップアップメッセージが表示された。おそらく桐明の顔を認証して表示させているのだろう。『次へ』のボタンをタップした。メッセージが表示された。


──令美と栄美が生存して、研究所の外にいることがバレています。偽装工作をしたあなたも危ないです。次の満月の時、双子は捕らえられ、そして、あなたは殺されます。


 このメッセージの主は、まるで何もかも知っているようだった。何者なのだ。桐明は、背筋が寒くなった。少し震える指を自覚しながら『次へ』のボタンをタップする。


──彼女たちのために研究できる場所をご用意します。至急、可能な限り研究データをこのタブレット端末に写してください。データ移行が完了したら、空の写真立てをデスクに置いてください。


 桐明は、自分の身に起きていることが分からなかった。……だが、何者かが助けてくれようとしている。桐明だけでなく、令美と栄美のことも気にかけている。


 そして、検見崎との面談を思い出した。……やはり、バレているというのは、あの謎の面談のためだろう。


 桐明は、研究データを選別せずにタブレット端末へ写していった。元のデータは残したまま、コピーしていく。数時間かけて、さまざまなデータをタブレット端末に写すことができた。


 デスクの引き出しから、妻と娘の写真立てを取り出した。中の写真を抜き、懐にしまう。空になった写真立てをデスクに立てておいた。指示されたとおりにしたのだ。


 桐明は、写真立てのことまで知られていたのは驚いた。だが、謎の人物の指示には、優しさがあるのではと感じる。おかげで妻と娘の写真を忘れずに持って出て行ける。


 ……持って出て行ける?


 桐明は気づいた。外出するには手荷物検査と身体検査を通過する必要がある。研究所の外に出ることは、容易ではない。タブレット端末なんか疑いの的になる。

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