第29話 決着と別れ
「逃げられちゃいました。すいません」
シャインは謝った。
レインは、アメジストを連れ去った女が気になっていた。自分が知る魔女を思わせる容姿。瞬間移動のような異能……。だが、髪が白かった。
そして、申し訳なさそうなシャインの顔に気づき、言った。
「いや、とりあえずは大丈夫だ。ビルを倒壊させた犯人は、確保できたのだから」
そして、レインはオートインジェクターを用意する。拘束されて動けないシミターの首筋に撃ち込んだ。しばらくしてから、シミターをスキャングラスで解析する。レベル1のグリーン。
「これで、お前はもう異能が使えない」
レインのその言葉に、シミターは拘束されながらも応える。
「……だから何だ? それがどうした!? アメジストが無事なら、俺の勝ちだ。イイ男は、惚れた女を守るもんだろ?」
シミターは不敵に笑った。そう言われて、レインは黙った。一瞬つらそうな表情になった後、静かに言った。
「ああ。……それだけは、正しいな」
*
やがて、レインたちから連絡を受けた警察が、建設現場に到着した。正岡と城守彩の刑事コンビだった。他に数名の警察官もいる。
「彩ちゃん、お久しぶり!」
シャインは、にっこりと微笑んだ。
「シャインさん、元気にしてました?」
彩は、いつもどおり背筋が伸びて凛としている。スーツ姿がよく似合っていた。
「元気だよ! さっき、首から上がなくなって、死にかけたらしいけどね」
シャインのその言葉に、彩は驚き、顔が青ざめた。彩は空を見上げて、太陽が出ていることを確認し、ほっと安心する。
レインと正岡は、話し込んでいた。レインから事件のあらましと犯人についてが伝えられている。そこにシャインと彩も合流したのだった。
「……事情はわかった。このシミターとかいう男は、市外の警察署へ移送してから取り調べをする。市内だとこないだのようなことが起きるかもしれんからな」
正岡が言った。
犯人である包川が留置場で殺された事件。そのような惨事を防ぐための処置だった。あえて『スティグマ・システム』の効果が及ばないところに連れて行くのだ。
「この男から『ノーブル・ギャンブル』について何か聴き出せたら、情報共有をしてほしい。『魔女』と関わりがありそうなんだ」
レインは、二人の刑事の顔を順に見て言った。
「ん? それはどういうことだ?」
「取り調べで包川が言っていた、双子のような黒と白の女たち。その片割れと思われる人物とさっき接触した」
レインのその言葉に、正岡と彩は強い関心を示す。
「包川が『いつの間にか、そこにいるようだった』と供述していましたよね。どうやら銀髪の白い女の方は、『瞬間移動』の異能が使えるようです」
そして、レインはアメジストに逃げられた経緯を、刑事二人に続けて説明した。
「そうでしたか。では、『ノーブル・ギャンブル』と『魔女』は関係してそうなのですね。私たちも調べてみます」
彩がいつもどおりの凛とした態度で言った。
*
正岡たちにシミターを引き渡した後、レインたちは事務所に戻ってきた。
「理恵ちゃんに犯人を確保したと伝えておきますね」
そういうと、携帯端末からコールをかける。まだ日中。おそらくアドミラル建設の大町理恵も仕事中だろうと思われた。回線が繋がった。
「あ、理恵ちゃん? シャインです。ビルを崩壊させた犯人は捕まえました」
シャインの明るく軽すぎる報告に、レインの顔がひきつる。
シャインは、携帯端末をハンズフリーのスピーカーフォンモードにした。レインも会話に参加する。
「『溶かす』異能を持った男を捕えて無力化しました。警察に身柄を預けています。おそらく今後は、アドミラル建設の建物が狙われることはないと思います」
レインは落ち着いた声で伝えた。
「……ありがとうございます」
理恵のその声からは、安堵した心情がうかがえた。
「詳しい報告書はまとめ次第、お送りします」
レインは、そう言いながら、シャインの顔を見た。報告書という言葉が出たので、シャインは目をそらす。レインさんが書いた方が絶対早いし、正確なのだ。延々と書き直しはごめんだった。
しかし、レインがこのところ立て続けに報告書を書いていた事実があった。その事実とレインの無言の圧に、シャインは屈した。明日は、ひたすらディスプレイに向かってキーボードを叩くことが確定したのだった。
こうして、アドミラル建設への脅迫事件は、幕が降りた。
*
日が落ちてきて暗くなり始めた部屋に、一人の女性がいた。ベッドに腰かけて、濡れた髪をタオルで包み、水気を取っている。アメジストだ。シャワーを浴びたばかり。下着を身につけて、少し大きめのTシャツを着ただけのラフな格好だ。
銀髪の白い美女の令美に救われ、ことの顛末をボスに報告した後だった。ここは彼女の自室だ。
長い髪はまだ濡れていたが、タオルで髪を拭く手が止まる。
仕事のことを思い出していた。シミターとバディを組んで行った、いくつかの仕事のことだった。
アメジストは、自分が男性にモテている自覚があった。少し露出の多い服装は好きで着ていたが、スタイルの良さもあって、言い寄ってくる男はこれまで何人もいた。
仕事上、やむなく組んでいたがシミターもそんな男の一人。そう捉えていた。寄せる好意には、下心があるのだろうと思っていた。だから、いつも一定の距離を置いていた。
いつも傍らで豪快に笑っていた彼を思い出す。
「…………情けないわ。あなたが本当に素敵な
自分の右太ももを静かに撫でた。彼に触れられたことを思い出す。
アメジストの顔は沈んでいた。ベッドサイドに置かれていた鞄に手を伸ばす。肩にかけていたタオルが、はらりと床に落ちた。
慣れた手つきで、ステンレス製のウイスキーボトルを取り出す。それをじっと見つめた。フタを開けて、残っている中身を一気にあおった。
異能に目覚めてからは、酒を飲んだ後に身体が焼けるような熱さを感じることはなくなった。酔うこともなかった。身体の中にエネルギーが蓄積される感覚だけだった。今もそうだった。
「……どうして?! 呑んで、酔って、泣きたいのに!! なによ、この力!」
アメジストは、異能によって自分の大切な何かが奪われたような感覚に陥った。涙が溢れてくる。
空になったウイスキーボトルを壁に投げつけた。ゴンという鈍い音が鳴った後、カランカランと鳴る。ウイスキーボトルが床に落ちて跳ねた音だった。
アメジストは、ベッドにうつ伏せで倒れ込む。そして、声を出して泣いた。
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