第28話 二対二(二)

 シャインとアメジストの激しい闘いの横で、新たな闘いが始まった。仕掛けたのは、シミターだった。レインに襲いかかる。


「俺のシャツをダメにしたの、忘れてねえぞ」


 シミターの拳を、レインは避ける。


「自分で溶かしてなかったか?」


 レインは、シミターの両手を気にしながらかわし続けて、事実を伝えた。


「ふざけんなッ!」


 そう言い合いながら、男二人は近接の格闘を繰り広げていた。レインは、シミターの広げた手を避け続ける。シミターは、レインが水のかたまりから浮かせ飛ばしてくる水の弾丸を避ける、避ける。


 溶かす手のひらに触れられそうなになっても、レインは水の膜を自らの身体に貼り、盾のようにしていなす。蒸気が上がる。


 お互いの異能は知られている。だから、一手、一発でも当たれば、勝負がつく。


 レインが距離を取ろうとすると、シミターは距離を詰める。レインは水のかたまりを操った。それは透明な手のような形になり、近くに転がっていた鉄板を掴んだ。そして、それでシミターに殴りかかる。


「俺に、そんなのは効かねえ」


 シミターは鉄板に向かって右手のひらをかざす。鉄板は接触した瞬間に一気に溶けてしまった。


 だが、レインは鉄板を囮にしていたのだった。シミターと距離を取った。無数の水の弾丸を空中に浮かせると一斉に、溶かす男に撃ち込む。水の弾幕だった。


 シミターはそれら避けながら、直撃しそうなものは手のひらで受ける。濡れることなく、彼の手のひらから蒸気がなびいた。水の弾丸が途切れる。


「アメジスト、交代だ!」


 シミターはそう叫ぶと、シャインに襲いかかった。アメジストもシャインを狙うように、身体強化で距離を詰める。


 シャインは二人に狙われたと構える。だが、次の瞬間、アメジストは踵を返して、レインに狙いをさだめる。シャインに対してはフェイントだったのだ。アメジストは、レインに近接する。


 シミターは、アメジストが作った隙を逃さない。シャインの左腕を右手で掴む。


「溶けちまいな!」


 シャインの左腕が溶けだした。彼女の左手だけが、ぼとりと地面に落ちる。シミターはすかさず広げた左手で、苦痛に歪むシャインの顔を掴んだ。


「そのまま、溶けて死ねッ!」


 シミターが異能をまた発動させた。一気に振り抜く。シャインの頭は溶けて、首なしの胴体が力をなくして倒れた。砂ぼこりが舞う。


「あはははッ! やはり俺たちは最強だ!」


 シミターが両手を広げて、声を上げた。


 あとは、酒に弱いあの男だけ。アメジストなら余裕で倒せるはずだ。シミターは、勝利を確信していた。



 だが、振り返った先では、アメジストが膝を折り、頭をおさえてフラついていた。レインは何事もなかったかのように、その側に立っている。


「どうだ? こういう酔いは初めてか?」


 レインの糸のような目が開いて、アメジストを見下していた。そして、今度は、シミターの方に目を向けて言った。


「うちの相棒は、まだやる気みたいだぜ。相手をしてやってくれないか?」


 レインは指差した。シミターはレインが示した方を見る。陽の光が広がる中に、シャインの首なしの身体があった。左腕も欠損している。


 陽だまりは、彼女にとって最強の聖域。


 そこに球形の蜃気楼が揺らぎ、その中で時が早戻っていく。シャインが五体満足で復活した。球形の蜃気楼がはじける。


「残念でした! 私は不死身なんだよね」


 そして、シャインはシミターとの距離をあっという間に詰める。シミターは右手を広げて刈り取る様に振り下ろした。


 シャインは、その彼の振り下ろしてきた右手のひらを、自分の左手を合わせる形で組む。


「バカか? また左手から溶けるぞ」とシミターはニヤリとする。

高熱源ヒート!!」とシャインは叫んだ。


 凄まじい高熱がシャインの左手のひらから生じる。シミターの右手が焼ける。その手から焼けた皮膚の匂いが漂う。


「ぐおっぉぉぉ」


 シミターは慌てて、右手を離す。手のひらは広くただれた火傷になっていた。シャインから距離を置こうとする。


「これでもう、右手では溶かせないんじゃない?」


 シャインは強化した身体で急接近すると、シミターのみぞおちに強烈な右拳の一撃をお見舞いした。そして、顎に目掛けて、回し蹴りを入れる。シミターはアメジストの近くまで飛ばされた。


 うずくまっている『ノーブル・ギャンブル』の男女。

 そして、彼らを前後で挟む形で、立っている『ウィル』の男女。


「……ア、メジスト。どう、したんだ?」


「……わからない。急にめまいと頭痛がして、呼吸が苦しくなって」


「どうだ? 二日酔いみたいな気分か?」


 レインがアメジストに尋ねながら、手にしたペットボトルの水をシミターにかけて濡らした服で拘束する。


「教えてやろう。その症状はだ。強炭酸水が手品のタネだ。俺に向かってきたタイミングで、一気に水から全放出した二酸化炭素を吸わせた。どうだ? 悪酔いした気分は」


 そして、レインは操った水をアメジストにもかけようとする。拘束するためだ。


 だが、シミターがなんとか異能がのこる左手を伸ばして、アメジストの太ももに触れた。


「そのダメージを」と言って、異能を発動させる。


 アメジストから悪酔いの症状が消えた。彼女は、操る水で拘束されていたシミターを取り戻そうとしたが、シャインに阻まれる。


「俺はいい。逃げろッ!」


 シミターが叫んだ。拘束されながらも、残る左手の異能をなんとか振りかざすようにして、シャインたちを足止めしようとした。


 一瞬だけ、アメジストとシミターの目が合う。二人の異能者がいる中で、動きを封じられているシミターと一緒では逃げられない。咄嗟に判断したアメジストは、身体強化を使い、逃げようと走り出した。


「逃すな、シャイン」


 レインの言葉で、シャインはアメジストを追うように飛び出す。レインはシミターの拘束を強め、自らの身体でもシミターを抑え込んだ。


 シミターはアメジストの行く末を目で追う。


 異能で加速したシャインがアメジストに追いつきそうになった瞬間、日傘をさした美しい女が二人の前に現れた。突然の出来事だった。その女は、サングラスをしていて、銀髪で肌が極端に白い。


令美レミ様……?」


 アメジストにそう呼ばれた美しい女は、傘をさしたまま彼女の手を取った。


「……さぁ、帰りましょう」


 銀髪の白い女はそう言った。


 シャインが、アメジストを掴もうと手を伸ばす。だが、その刹那。令美と呼ばれた女とアメジスト、二人の姿は一瞬で消えてしまった。

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