第23話 道化師
レイン、そして、シミターとアメジスト。異能者三人の前に、新たな介入者が現れた。
左右非対称の表情をした仮面をかぶった人物。仮面の左半分は涙を流しているようで、右半分は怒っているようだった。
深緑の長い髪を二本に結えている。両耳の上あたりで分けているツインテール。それらが風になびく。服装は、赤と黒のハーフ&ハーフ。右半身が赤、左半身が黒で、チェックの柄がところどころに施されている。トランプを想起させるような衣装だった。
ひと言で表すと、サーカスの道化師の様な人物だった。もしくは、トランプでいうジョーカーだ。
この道化師が現れたことで、一対二対一で、上から見ると正三角形を描くような配置になっていた。
「なんだ、お前は?」
シミターが道化師に尋ねる。アメジストは警戒しながら、ウイスキーボトルに口をつけた。
「…………」
道化師は無言のまま、目の前で両腕を交差させた。
そして、その両腕を開く。それを合図に、周囲に何本もの電撃が舞った。レインの水のかたまりは、その電撃を受けて、瞬時に砕かれ湯気を上げながら分解されてしまった。
膝をついていたレインも電撃を喰らう。酔った様な感覚に加えて、身体は電撃によるダメージで痺れる。
シミターとアメジストも、その電撃の効果範囲から逃れることはできなかった。二人ともレインと同じようにダメージを喰らい、その場に膝をおり動けなくなった。
「仮面をつけた異能者。……
アメジストは確認するようにつぶやいた。道化師はそれに反応するように、彼女の方へ左右非対称の仮面を向ける。
レインは、道化師の狙いが二人組に向いているのを確認し、体勢を整える。そして、スキャングラスで、この道化師を解析した。
──レベル4、レッド。市民、該当者なし。
やっかいだ。
レベル4のレッドは、異能を使いこなしているだけでなく、より強力に能力を発揮できているか、二つ以上の異能を持っているという意味だ。
レインは、状況を注意深く観察する。あの二人もこの道化師には初めて会った様子だ。電撃を受けたスキャングラスはなんとか壊れていないが、何度も喰らうわけにはいかない。
「お前の目的は何だ?」
シミターが再度尋ねた。仮面の道化師は、言葉を発した。
「君たちは『灰の財団』の者か?」
道化師の声はボイスチェンジャーで変えられた様な声だった。男とも女とも区別がつかない。機械のような声だった。仮面に隠れた顔から鋭い視線が感じられる。
「財団? そんな奴らは、俺らの獲物だ」
シミターは自分の問いかけが無視されたのにも関わらず、答えた。隣にいるアメジストは、ちょっとがっかりした表情になる。
アメジストは思考を巡らせていた。突然の介入者によって状況は一気にわからなくなった。あの水を操る男にも電撃をあてたから、この道化師は彼の味方ではないだろう。
「……シミター、彼に道化師を押しつけて、退くわよ」と小声で言った。
だが、二人とも電撃のダメージで痺れている。
「……わかった。じゃ、アメジスト、俺を信じろ。いいな」
そう言うと、彼女がうなずくのを確認する。そして、彼女の露出している太ももに左の手のひらをあてた。彼の能力を知っているアメジストはビクッとした。
「喰らったダメージを溶かす」
アメジストの身体からダメージが無くなった。すなわち、自由に動ける状態になった。
「これは奥の手だ。秘密にしておいてくれ」とシミターは囁いた。
「では、君はどうだ? 『灰の財団』の手の者か?」
道化師は、機械のような声のままで今度はレインに問いかけた。アメジストたちから視線が外れた。
その隙を見逃さず、アメジストは異能を使ってシミターを担ぐと一気に駆けて、戦闘区域になっていた駐車場から離脱した。道化師は後追いで電撃を放ったが射程範囲外だった。
「ほう。何かしらの異能で、私の電撃から逃れるとは」
大型店舗の広い駐車場には、レインと道化師が残された。道化師は彼らを追う様子はなかった。
「そのメガネは何か仕掛けがありそうだね。外してもらおうか」
そう言った道化師は、レインのスキャングラスを指差し、細い糸のような電撃を放った。それは、スキャングラスだけを捉えて、バチンと音がした。メガネのレンズ部分であるグラスモニターの液晶が制御を失い透明ではなくなった。
レインは、まだ痺れが残る手でスキャングラスを外す。壊れたスキャングラスで視界が塞がれてはかなわない。そして、問う。
「仮に、俺が『灰の財団』の者だったら、どうなる?」
「ここで死ぬ」
即答だった。
「『灰の財団』とやらに、恨みでもありそうだな」
「…………」
レインは思考する。状況的に不利だ。あの女にある意味、呑まされた酔いと道化師からの電撃ダメージ。シャインの状況も、スキャングラスを壊されたことでわからない。まずは時間を稼ぎ、状況を打開する策を練る。そして、最悪な切り札を切ることも考える。
「まず、俺は『灰の財団』の者ではない。その証明は難しい。だが、提案はできる」
「提案?」
時間稼ぎをしつつ、この道化師の情報を収集する。レインは慎重だった。
「俺は……特殊人材派遣会社『ウィル』のエージェントだ。依頼をくれれば、その『灰の財団』とやらを探ることができる」
道化師はしばらく黙り込んだ。
「……何もしなかった。……あの時、何もしてくれなかった警察。あいつらと組んでいる組織だろう? その提案は拒否する。ここで果てろ」
機械のような声に、怒りと諦めが込められているようだった。
「あんたは、警察も恨んでいるのか。それに、この街の事情に詳しいみたいだな」
道化師は黙ってしまった。レインに向けて右手の手のひらを向けている。
「消えろ」
そう言った瞬間、道化師はレインに向けて電撃を放った。だが、レインのいたところは何もなくなっていた。強烈な電撃は獲物を失ったまま、空気を貫いていった。
「はぁ、はぁ……。ま、間に合いましたよね?」
シャインが息切れした声で、レインに問いかけた。得意の超速移動で、レインを窮地から救ったのだった。
「……あ、合図をもらった後、きゅ、急にスキャングラスからの通信が途絶えたから……一直線にもう全速で走ってきました。太陽が出ていなかったら、息切れで心臓が停まりますよ」
息を整えながら、シャインが言った。助けられた彼は、最後の一言に吹き出しそうになった。普通ならその前に足が止まるだろう。だが、頼りになる相棒だ。
「……ありがとう。本当に助かった」
レインは、素直に礼を述べた。
二対一。だが、まだ道化師の電撃の射程範囲内だった。
「で、レインさん、何がどうなっているんですか?」
そう言ったシャインは、暑くてスキャンゴーグルを首におろした。そして、道化師を直接見つめた。仮面の奥の瞳と目が合った。
「…………
道化師は、機械のような声で、確かにそうつぶやいた。
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