第24話 邂逅

 シャインの本名を静かにつぶやいた道化師は、その仮面を彼女にずっと向けたままだった。


「……えっと、このトランプのババみたいな人、誰ですか?」


 やっと呼吸が整ってきたシャインは、構えたままでレインに聞いた。


「例の二人組とも違う乱入者だ。レベル4、レッドの異能者」


 レインは簡潔に危機的状況を共有する。まだ頭がふらつく。身体も痺れが残っていた。


「えっ?! それってヤバいかもですよね」


「ああ。油断するな」


 レインは、道化師がつぶやいたことを気にする。シャインの本名を呼んだのか……?


 おもむろに道化師は自らの仮面を右手で掴んだ。数秒間、そのままだった。だが、何かを思いとどまった様にその手を仮面から離した。そして、左手をレインたちに向かってかざした。


 電撃がレインたちの目の前で炸裂した。轟音が鳴り響く。


 それに驚き防御の姿勢をとった二人を確認すると、道化師は背を向けて走り出した。電気自動車の駐車場脇にある充電機に手を触れた。


 そして、道化師は振り向いた。シャインは、その仮面と目が合った気がした。道化師の身体がバチバチと音を立てる。電気に変換されて消えていった。


 広い平面駐車場には、ついにレインとシャインだけとなった。


「……どうして、逃げた?」


 レインは、道化師のとった行動の意味がわからなかった。


「…………」


 シャインは、道化師の走る後ろ姿に心を捕えられていた。


 いつも前を走っていた。遅れそうになると手を引いてくれた。そうしてくれた姉の後ろ姿が、なぜか重なったのだった。そして、姉が消えてしまって深い悲しみに沈んだあの日のことを思い出す。


 ぺたりとその場に座り込んでしまった。夕陽が、座り込んだ彼女の影を少しでも長く伸ばそうと、一層傾こうとしていた。


 *


 シミターとアメジストは、平面駐車場という戦場を離脱することに成功し、すこし離れた公園にきている。夕陽が公園をオレンジに染めていたが、そろそろ周囲が暗くなってきた。


「何なんだ、あの道化師は! やつが突然乱入してこなければ、あっさりと仕事が片付くはずだっただろ!」


 ベンチに座っているシミターが怒気を込めて言った。広げた左手に、右手の拳が派手な音を立てて収まる。


「そうね。あの道化師、私たちだけでなく、あのお兄さん含めて三人を相手にしようとしてたわ。……とんでもない実力の異能者ね」


 ベンチの近くに立っているアメジストが応えた。


「ああ、強力な電撃を操ってたな。それに、登場の仕方が異常だ。電気の通るところならどこでも現れるのか? あの水を操る奴は、きっと終わったな。アメジストからの酔いも喰らってたんだろ?」


「ええ。なので、あの道化師に消されて、もう会えないかも。残念だわ。……ところで、『灰の財団』がどうのと言ってたわね。そんな財団、知ってる?」


「いや、知らないね。組織の中で誰か知っているかもだな。で、どうする? アドミラル建設への脅迫は続けるか?」


 予期せぬ介入者のおかげで、計画が崩されてしまったのは事実だった。


「悩ましいわ。でも、今は余計なことをしないで、大人しく隠れるという手もあると思うの」


 アメジストは、唇に人差し指を当てて言った。


「……俺は、あの水を操る男にやられたことを返し損なった。建物を崩すこともできてない。あーくそったれ! あの道化師さえ現れなければ、上手くいってたんだぜ。ぶち壊したい。暴れさせろ」


 シミターは、ベンチの肘掛けに右の手のひらをあて強く握りしめる。そして立ち上がった。肘掛けには虹色に光る油膜のような手形がついている。


「それは賛成するわ。イイところだったのにね。でも、道化師のことは組織に報告しましょう。ボスからも言われてたし」


「ああ。仕方ない。まずはアジトに戻るか」


 約三十分後、彼が残した油膜のような手形が、ベンチの肘掛けをまるで喰うように溶かしはじめた。やがて、その場にベンチはなくなった。ベンチと同じ色の溶けた液体が地面にひろがっているだけだった。

 

 *


 レインとシャインは、もう一つの標的だった新設の私立小学校へ向かう車の中だった。シャインが車を運転している。


 『スティグマ・システム』からのアラートはなかったが、念の為、建物が被害に遭っていないかの確認だった。それと、シャインのバイクを回収するためでもあった。


「シャイン、大丈夫か?」


 助手席でレインが訊いた。あの道化師に会った後、シャインがいつもより元気がなくなっていることに、レインは気づいていた。


「レインさんこそ、大丈夫なんですか?」


 レインは二人組の脅迫者に加えて、正体不明の道化師とも対峙していたはずだ。今もかなり顔色が悪い。身体にかなりダメージを負ったのだろうと、シャインは推測していた。


「……今はちょっと辛いな。安全運転で頼む。車酔いまで喰らいたくない」


 そう言いつつも、レインは半分諦めている。シャインの大雑把な運転は乗り心地が良いとは言えないからだ。だが、目的地に着くのは、大抵、カーナビの予測時刻よりもずいぶん早く着く。何がそうさせるのか? レインは相棒について、解けていない謎があったなと思い出していた。


「…………レインさん」


 信号待ちの時にそう言ったが、後が続かず、シャインは黙ってしまった。


「ん? 何だ? …………あの道化師が、どうかしたのか?」


 レインのその言葉を聞き、シャインはうなずいた。


「仮面を被っていたし、服装も派手だったし、髪の毛の色も違ってましたけど……私が、探している人かもしれません」


「……どうしてそう言える? 何がそう感じさせたんだ?」


 レインは、優しい声で言った。


「走り去る後ろ姿が、とても……とても似ていました。いつも追いかけていた背中でした」


 シャインは、運転のために前を向いたまま言った。


 信号が青になり、車は走り出す。


「そうか。……やっとか」


 レインは、彼女の横顔を見つめて言った。


「……はい。やっとかもしれません」

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