第22話 一対二

 侵入検知のアラームが鳴ったのは、レインのスキャングラスだった。確認すると大型店舗の駐車場入り口辺りが示されている。人数は二人。


 建物を護衛するという依頼である以上、建物の外で迎え討つのが王道だ。レインは、駐車場へと駆けつけた。


 大型店舗に負けないくらいの広さの平面駐車場。店舗に近い位置には障がい者専用の駐車場と電気自動車の充電ができる駐車場があった。充電機は小型冷蔵庫くらいの大きさで脇に立っている。


 今、道路からの駐車場入り口付近に一組の男女がいた。のんびりとこちらへと歩いてくる。


「お、誰もいないかなと思ったら、ちゃんといるじゃん」


 体格の良い男が言った。服装は、黒いTシャツの上に派手な柄物のシャツ、深緑のカーゴパンツ。ツーブロックの髪に、耳にピアスが光っている。髭もあるワイルドな風貌だ。


 レインは、こいつが『溶かす異能』を持つ男だと判断した。そして、予想どおり、女も一緒だ。彼女の服装の特徴や歩き方は、防犯カメラ映像で見ていたものと同じ。


「良かったわ。予告状が無視されたら、寂しいもの」


 女が安心した様に言った。巻きおろしの紫色の髪で、顔はメイクの巧さも感じされる美人だった。スーツにしては、少々露出がある服装。スタイルも良い。ヒールが合いそうだが、ローファーだ。


「すいませんが、この敷地は立ち入り禁止です。お引き取り願えませんか?」


 そう言いながら、レインはスキャングラス越しに二人の解析を行った。男も女もレベル3のオレンジだった。だが、『スティグマ・システム』は、二人の名前を表示させない。代わりに出力されたのは、『該当者なし』のメッセージだった。


 つまり、レベルの判定が出るということはワクチンを接種した事実がある。しかし『スティグマ・システム』上では市民として登録されていないのだ。


 レインは、裏稼業の者だとわかると一層警戒する。


「お引き取りは勘弁だ。俺たちはここに仕事をしに来たんでね。なぁ、アメジスト」


 男が視線を向けてそう言ったのを聞き、アメジストと呼ばれた女性はすこし嫌な顔をして、小さなため息をついた。


「シミター、今コードネームを呼ぶ必要はないわよね」


 アメジストは、自分だけでは不公平だとばかりに男のコードネームをさりげなく晒した。


「ああ、そうだったな。でもまぁ、こいつ一人だけみたいだし。仮に異能者だとしても、俺たち二人には勝てないだろう。よって、口封じはできるから気にすんな」


 シミターは平然とした態度で、レインを指差しながら言った。


「なんであなたは、そう気楽なのかしら。どこかに誰か潜んでいる可能性を考えなさい」


「ああ。確かにそうだな。でも、あの動きの遅い提督アドミラルがたった一日、二日程度でどう準備できるやら。あっちの建物もご指名しているんだぜ」


 シミターは、レインの顔を見て不敵に笑った。


 一対二。


 今からシャインを呼びつけても、間に合わない。すぐの助っ人は期待できない。だが、スキャングラスの縁を三回叩き、合図は送っておいた。


「なぁ、そこの兄ちゃん。あんたも異能が使えるんだろうな? でないと、独りでここにいないだろうし。あ、待て待て、ただの警備員で上から何も聞いてないって可能性もあるな。だとしたら、不幸すぎるな」


 シミターは、笑い声を上げる。


「…………」


 レインは黙っている。こちらは有利な状況ではないのだ。情報は与えない。


「あら、話をしてくれないのね。なかなか賢い人。いいわ。好きよ、そういう人」


 アメジストは、艶っぽさを含めた声で言った。そして、鞄からステンレス製のウイスキーボトルを取り出して、飲んだ。


「おいおい、イイ男がパートナーでいるのによ。勘弁してくれよ。ちょっと妬けるな」


 だが何かの合図だったのか、シミターはニヤリとし、続ける。


「じゃ、二人の邪魔はしないぜ。俺は、仕事を片付けるかな。イイ男は仕事もできるからな」


 シミターは、大型店舗の建物へと歩き出した。


「おい、待て。だったら、彼女に相応しいのはどちらか。勝負するのはどうだ?」


 レインは、シミターに声をかける。『溶かせる手』を建物に触れさせるわけにはいかない。


「その手には乗らないぜ、兄さん。それに、彼女は退屈しているみたいなんで、相手になってやってくれないかな」


 シミターは、足を止める気はないらしい。


 先手必勝。レインは、隠していた大きな水のかたまりを店内から出す。店舗へ向かうシミターを邪魔するように、大きな水のかたまりが立ちはだかる。だが、彼の左手は店舗の入り口の壁に押し付けるように触っていた。


「何だこれ? 水だよな?」


 シミターが油断している。レインは、その水のかたまりから彼に向かって水を噴出させた。顔や上着である派手なシャツが水で濡れた。深緑のカーゴパンツの腰のあたりの一部もだ。


 そして、すぐに濡れた上着に含まれた水を操り、腕や肩の関節を固定してシミターを拘束する。


「くっ、何だこれ。動けねぇ」


 シミターは、上半身の動きを封じられた。さらにレインの操る水が地面と彼の靴底の間に入って滑らせる。もがいていた彼は地面に滑って転ぶように倒された。受け身も取れずに。


「いてぇー!」


 シミターと呼ばれた溶かす手の男を、運よく無力化できたのだった。


 彼が触れていた店舗の壁には、虹色の手形がついている。まるで、油の膜が照り返っているようだった。


 レインは、『溶かす能力』は時限式の設定がおそらく可能だったことを思い出す。この手形が時限装置の役割なのか?


 水のかたまりから手形に向けて、放水する。さながら高圧洗浄機のような勢いだ。油膜のような虹色の手形は綺麗に流された。



「お兄さん、お酒は強いかしら? 今度一緒に呑みにいかない?」


 アメジストは、シミターのことを気にせずレインから目を離さない。またウイスキーボトルを口につけた。


「悪いが遠慮しておく。そこの彼氏に恨まれそうだしな」


 レインは、チラッとシミターの方を見た。拘束は効いている。今は、女の方に集中だ。


 アメジストと呼ばれた女は、レインに向かって構えた。レインも応じるように構える。軽く地面を蹴る音がした。一気に間合いをつめたのは、アメジストだった。鋭い平手打ちが来た。早い。レインはなんとか避ける。後追いで、香水の匂いが届いた。


 シャインのような身体強化系か?


 レインは後に跳ねて距離を取って思考する。だが、すぐさま、アメジストが追撃してきた。構えていた左手が、彼女の右手に掴まれる。


 途端に、レインの視界が揺らいだ。足元が急にふらついたのだった。反応が鈍くなる。アメジストの前蹴りを避けられずに、腹に食らった。


「ぐっ……。な、なんだ?」


 レインは揺らぐ身体をなんとか保つが、膝をついた。


「お酒は強くないようね」


 そう言って、アメジストは、またウイスキーボトルを取り出して飲んだ。


「アメジスト、俺に代われ。ったく、せっかくのお気に入りのシャツだったのに」


 彼女の横に、Tシャツ姿のシミターが立っていた。濡らされていた派手な上着のシャツは消えていた。


「ちょっと、私の楽しみを取らないでよね。これからがイイところなのに」


「この兄ちゃんの異能で拘束されたんだぜ。お気に入りのシャツを溶かして、拘束を解いた。んとに、むかつく。建物は後回しでいい。こいつをボコらせろ。そして、溶かしてやる」


 シミターは怒っている様子だった。だが、アメジストも引く気はないようだ。


 女の能力は何だ? だが、レインは頭が普段よりも回らないことに気づく。ふと、ウイスキーボトルのことを思い出した。


 ……酒? アルコールか? 俺は今、酔っている?


 酒で身体が強化されて、おまけに触れた相手へアルコールを注入できるのか。急激な酔いで、思考がまとまらない。


 膝をついているレインは、なんとか彼らの背後より、水のかたまりから水を放った。だが、それは気づかれていた。二人が避けて、水の砲撃がレインに直撃する。


「ははッ。自分で食らってやんの」


「……おかげで、酔いが覚めるってもんさ」 


 レインは強がりを言った。濡れたことで、異能の力で身体の異常を少しでも早く回復させる。


 二人組がそろって、トドメを刺そうと寄ってくる。


 その時だった。


 駐車場の電気自動車用充電機から、バチバチと音が鳴った。そして、瞬く間に、放電が発生する。やがて、その放電は人の形を成していった。


 顔は仮面をかぶっている。


 異能者一対二の前に、仮面をつけた道化師のような人物が現れた。

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