第21話 二分の一

 レインは、大町理恵からのコールをとった。すぐにカメラONのハンズフリーモードに切り替える。携帯端末のスピーカーから声が響く。


「アドミラル建設の大町です。ご連絡が遅くなりました。費用のお見積りは必要なのですが、御社に『指定された建物の護衛』をご依頼したく思います。できれば明日からでも……」


 理恵の声は冷静を装っているが、緊迫した雰囲気が伝わってくる。彼女の方は今回もカメラONにはしていない。


「見積りは作成中ですので、本日中にはお送りします。ところで、随分と急がれているように感じるのですが、何かありましたか?」


 レインは、落ち着いた声で尋ねた。


「……実は、脅迫状というか予告状のメールが届いたのです」


「理恵ちゃん、それってどんな予告なの?」


 それを聞いて、レインはシャインにきちんとビジネスマナーを教えないといけないなと感じつつも、理恵の返答を待つ。


「予告状の内容は、弊社が建築を請け負っている建物二棟のどちらかを倒壊させるというものです。どちらも女神ヶ丘市内で近々完成予定です」


 理恵はひと息入れた後、続けた。


「ひとつは、大型店舗です。スーパーマーケットが入る予定となっています。もうひとつは、新設私立小学校の校舎となります。どちらかの建物を明後日に倒壊させるという予告状が届きました」


「その予告状は……初めてですか? 崩壊したビルの時も予告状は届いていたのでしょうか?」


 レインが尋ねた。理恵はしばらく沈黙した後、こう言った。


「申し訳ありませんが、お答えは控えさせていただきます」


「……そうですか。わかりました」


 レインは別のことを考え込む。なぜ二つの建物のどちらかを崩壊させるという予告なのか。


「なんか、ずるい予告ですねー。二箇所守らないといけないから、こっちは戦力半分が確定じゃないですか」


 シャインはそう言ったあと、口を膨らませた。


「大町さん、失礼ですが、その予告状を我々も確認させていただくことは可能でしょうか? 何か犯人につながるものが見えてくるかもしれませんので」


 レインが再び尋ねた。


「犯人からのメールを転送していいかは、弊社内で確認を取ります」


「お願いします。それと、明後日に護衛する建物の情報もいただけますか? 住所、見取り図、設備の情報などが必要です」


「理恵ちゃん、護衛対象の建物で携帯端末は使える?」


「えっと、屋内基地局が敷設されていて、稼働しているかということですか?」


「ですです」


「では、建物の他の情報とまとめてお伝えします。最後に確認ですが、護衛の依頼は請け負っていただけるのでしょうか?」


 理恵の問いかけに、シャインはレインの顔を見る。彼がうなずくのを確認すると告げた。


「理恵ちゃん、お仕事はやるよ。だから、会社は大変な時期だと思うけれど、安心して休んでね」


「えっ?」


「だって、きっと寝不足でしょ?」


 シャインは、顔も見たことがない相手に対して言った。


「……。あ、あの、ありがとうございます」


 大町理恵とのコールは終了した。その後、二人は彼女から送られてきた色々な情報を吟味し、それぞれの護衛対象となる建物を決めた。レインが大型店舗、シャインは新設私立小学校の校舎だ。


「思った以上に二つの建物は離れているな。これではお互い援護に行くのは時間がかかる……。クラウドに助っ人を頼もうとしたが、あっちはあっちで別件対応中らしい」


 レインの意見に、シャインもうなずく。


「あ、そうそう、レインさん。女の子は、忙しくて寝不足で、メイクがのらない時は……カメラONは躊躇ちゅうちょしちゃいますから」


 シャインは、理恵の小さな謎の答えを教えてあげた。それを聞いたレインは、すこしやさしく微笑んだ。


 *


 犯行予告メールが指定した日、シャインはスポーツタイプのバイクに乗って、朝早く新設の私立小学校に来ていた。バイクを校庭の隅に停めて、ヘルメットを取る。校舎を眺めた。朝日が照らすその建物は、四階建てで横に大きい。


 シャインの服装は、ツアラージャケットとパンツ。ジャケットは白地で、パンツは濃いグレーだ。ヘルメットをバイクに置くと、スキャンゴーグルをかける。昨日のうちに、『スティグマ・システム』に申請し許可を取得。この敷地内にいる人間は、スキャンゴーグルに示される。


 ゴーグルには情報が示されない。おそらく無人だろう。


「学校かぁ……」と、シャインは独り言をつぶやいた。


 新しい校舎の昇降口付近に来た時、ふと、シャインは自分の小学校時代を思い出した。


──遅刻する。咲輝さき、急ぐよ。


 そういって手を引いてくれた二つ年上の姉の姿が浮かぶ。二人して息を切らしてたどり着いた昇降口が、この場所と重なる気がした。


「……お姉ちゃん」


 シャインは、急に寂しさを覚えて、その場にしゃがみ込んだ。まるで地平線に沈む夕日のように。そして、顔も浮かない。


 でも、いいのだ。明るくする必要はない。ここには自分だけしかいないから。


 立ち上がり、少し歩いて、昇降口に上がる数段の階段に座った。膝を抱えて塞ぎ込む。侵入者がいれば、スキャンゴーグルが知らせてくれる。それまでは、ちょっとだけ休ませてと思ったのだった。


 昇降口に差し込む朝の陽射しが、シャインの塞ぎ込む気持ちとは裏腹に、彼女に力を与えていく。


 *


 レインは、もう一つの護衛対象である、大型店舗に来ていた。すでに出来上がっており、近々、大手スーパーに引き渡しされる予定の建物だ。


 大型店舗の敷地内に人の侵入があれば、スキャングラスにアラートと共に位置情報が来る設定をしておいた。『スティグマ・システム』への申請は、シャインと同じく済ませていたのだった。服装はいつものとおり紺色のスーツ。


 予告された日であるが、時刻は指定されていなかった。だから、朝早くから張り込む必要がある。おまけに二つの建物のどちからと予告されていたので、シャインと二手に分かれている。


 レインは相手に有利な状況だと考える。


 どちらかを倒壊させるということは、やつらが決めたどちらかの建物に二人組で来るということに違いない。


 こちらに有利な点は、レインやシャインの異能が相手に知られていないこと、『スティグマ・システム』による侵入検知。そして、二人組のうち一人の異能を把握している点だった。


 残念ながら、今日の天気は晴れ。


 レインは、スーパーになる予定の建物内のバックヤードに来た。鮮魚を捌くための大きめな台所で、水道を全開にさせる。勢いよくシンクに叩きつけられる水は、排水口に流れることなく、大きなかたまりになっていく。人ひとりすっぽりと入れるくらいの大きさだ。水を操る異能によるものだった。大きな水のかたまりは一つだけでなく、複数作っていく。


 複数の大きな水のかたまりを、適当な位置に配置しておく。検知してから駆けつけるまで、そのかたまりの水を操って邪魔をする計画だった。


 そして、準備はできたが、何事もなく、時間は過ぎていった。


 *


 太陽が西に傾き、夕暮れ時が訪れた。


 そして、敷地内に人が侵入したことを検知して、アラームが鳴った。もちろん、鳴ったのは、張り込みをしていた二箇所のうちの片方だけだった。

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