第20話 それぞれの思惑

 レインとシャインは事務所に戻ってきた。すっかり夜になってしまった。だが、この事件は、アドミラル建設にとっては緊急事態なはずだ。レインは大町理恵にコールをかける。


 回線が繋がった。オンライン会議へと移る。


 シャインも当然、参加した。本人は残業であることを、少し不服に思っているようだ。


「大町さん、こんばんは。遅い時間にすいません。少しでも早くご報告をと思いまして」


 レインが言った。彼女は相変わらず、カメラをオンにしない。顔を見せない。


「……いえ。こちらこそ、ありがとうございます。早速、ご報告内容を伺ってもよろしいでしょうか?」


 大町理恵の声は、変わらず丁寧だった。


「はい。結論から言って、あの防犯カメラに映っていた男の能力によって、ビルは崩されたことが明らかになりました。その能力は、『触れたものを溶かす能力』です。液状化したコンクリートが現場にありましたが、鉄筋も合わせて溶けていました」


 簡潔にレインが報告する。シャインは補佐するように、オンライン会議の画面に撮影した証拠写真を共有した。


「……やはり、意図的にビルを崩壊させることが可能なのですね」


「そうです。そして、ここからは推測になりますが、防犯カメラに映っていた二人組はプロだと思われます。おそらく、映っていた女の方も異能者である可能性があります。そして、現時点で、彼女の能力は不明です」


 しばらく、沈黙があった。大町理恵は何か考えている様子だった。先に、シャインが口を開く。


「理恵ちゃん、建物を護衛してって依頼、アドミラル建設が請け負っているどの建物になるのかな?」


 レインは、二度目に会う時はタメ口になるというシャインの距離の詰め方に若干顔がひきつる。相手の顔も年齢もわからないのに。大町理恵は気を悪くしていないだろうか。


「えっと、ご報告ありがとございました。建物の護衛についての依頼は、弊社内で検討した後にご連絡させていただきます。なるべく早く連絡いたします。概算で良いので費用の見積りをいただくことは可能ですか?」


 その後、レインが見積りに必要な条件を理恵から聞いた。護衛期間、建物が傷ついた場合の保障や保険、護衛する建物の住所などだ。携帯電話の屋内基地局についても確認していた。


 そうして、夜のオンライン会議は終了した。


「大きな会社って、決めるの時間かかりそうですね」


 シャインが少し呆れ気味に言った。レインもうなずいた。


「もう少し残業になってしまうが、あの男の『触れたものを溶かす能力』について、対策を練っておきたい」


 レインはそう言ったが、シャインは露骨に嫌そうな顔をした。


「それは、明日にしましょうよ〜」


 シャインは、すでに手早く帰り支度を整えていた。


 *


 ここは楽星区らくせいくにあるバーだ。


 アメジストが携帯端末で電話に出ている。横にはシミターがいて、すでに飲み干したウィスキーグラスを持ち上げて、照明にかざしながら眺めていた。カランと氷の音が鳴る。


「……はい。……ええ。承知しました。それではまた」


 そういってアメジストは電話を終えた。


「どうだった?」シミターが尋ねる。


「OKをもらえたわ。提督アドミラル側も対策をしてくるだろうから、気をつけるようにですって。それから、神出鬼没の仮面を被った道化師のような異能者にもって」


 アメジストが伝えると、彼は呆れた顔をした。


「今どき、そんな格好のやつが街なかを歩いてりゃ目立ち過ぎるだろう」


「でも、相当強力な異能を使うらしいわ。遭遇して、連絡が取れなくなっている同僚がいるそうよ」


「まぁ、いいさ。予告状で、日時と市内二箇所の建物を指定してみるか」


 シミターはニヤリとした。


「ふふっ。マスコミはまだ注目しているかしら? でも隠れてコソコソもつまらないものね」

 

「となると、昼間は避けるか?」


「日付だけ指定することにしましょ。守る側はいつ来るかもわからない来訪者に緊張しないといけない。疲れるでしょうね」


「ああ、それはいいな。焦らしておいて、夜に強襲にするか。どちらかを狙うと予告しておくから、アタリを引いた時はショック大きいだろうな」


 そう言ったシミターは悪巧みの笑みを浮かべている。


「でしょうね。私たちを相手にするのだから。でも、遅い時間は勘弁したいわね」


 アメジストは、妖艶な笑みを浮かべた。


『ノーブル・ギャンブル』の二人組は、予告状の文面を準備すると、発信元を偽装したメールをアドミラル建設に送りつけた。


 *


 翌日。


 レインとシャインは、事務所に出ていた。アドミラル建設の大町理恵からの連絡を待っている。レインはPCで見積書を作っていた。シャインは窓際で眼下に見える女神ヶ丘駅のロータリーで行き交う人たちを見ている。


「建物の護衛って、どうやります?」


 シャインは、これからの仕事内容について質問をした。


「護衛する建物の状況しだいだな。携帯の屋内基地局が稼働していればやりやすいかな」


「あー、『スティグマ・システム』を活用するんですね」


「そういうこと。建物にやって来る人物の位置情報を、スキャングラスでアラートを受信して、駆けつける感じだ。ある程度、人払いはしておく必要があるけれど」


 レインは、自分のスキャングラスの縁を軽く叩いた。そして続ける。


「もし屋内基地局が稼働していない場合は、ウィルから通信キャリア会社に連絡して、対災害用の移動基地局を借りるつもりだ」


 シャインは、自分のスキャンゴーグルがデスクから離れたところにあるのを確認して、ホッとした顔を一瞬した。大丈夫だ。どこかに置き忘れていない。


 そして、それを見逃さなかったレインの顔が、一瞬ひきつった。


「すでに入居や稼働している建物だとやっかいですよね。人がいる建物の護衛は無理ゲーです」


 シャインはお手上げなポーズをする。


「ああ、その場合は被害者を出さないというのは非常に難しいな。ただ、そういった建物は対象にならないと思う。あくまで狙いがアドミラル建設なら」


「ん? どうしてですか?」


「稼働して利用している人がいるような建物は、利害関係者が多くなる。マンションならわかりやすいかな。そこに住んでいる人々も含めて狙われたら、アドミラル建設は真っ先に警察に相談するし、警察も動くだろう」


「まぁ、そうですよね」


「でも、これが建てたばかりの稼働前の建物なら、警察はなかなか動けない。そこに守るべき人がまずいない。脅迫文や脅しがあったとしても、ビルひとつを崩壊されるなんてのは常識的に不可能だ。だから、脅迫については、取り合ってもらえないだろう。アドミラル建設が警察に相談したかはわからないけどな。あちらさんは良く考えている」


「えー、そんなもんなのですか?」


「警察官も無限にいるわけではない。人命を守り、社会生活を維持することの方が優先されるだろう。でも、現にすでにビルがひとつ落とされた。状況が変わった。引き続き脅迫されている状況なら、警察も動いてくれるだろうな」


「うーん。よくある刑事ドラマだと、警察に言ったら人質の命はないぞってのがパターンですよね」


 シャインは両手を上に伸ばしながら言った。


「で、警察に相談できないから、うちにってことだろうな……」


 レインはそう言った後、軽くため息をついた。


 そのタイミングで、レインの携帯端末にコールが入る。大町理恵からだった。提督の回答が来たようだ。

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